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2012年3月28日 (水)

近代における欲望する人間と情報の全面化

共同体を駆動するあらゆる力は、差異化されつつ、生存源泉と生存志向の狭間に出現するのであった。この狭間は自明なるものが突如出現する深淵である。が、そうして出現した自明なるものが生の土台を形作り、自生的自明性を成す。(「ポケットチーフ 無地 シルク100% ポケットに挿すだけでコーディネートの幅が広がります。 日本製 京都シルク100% ポケットチーフ スーツに挿すだけで華やかになる ワンランク上のスタイル ビジネス 結婚式 パティー ペイズリー柄 ライトブルー」)。さて、この自生的自明性が構成的自明性に取って代わられるところに近代が現れる。そこをさらに見ていこう。

■異質化による形象的世界の出現

共同体の中では多くの力の流路が張り巡らされている。人々はそのつど何らかの力の流路と接続する。ただ、そのとき、流れ入る力は一旦切断され、その上で受容されるのであり、受容された力は各人に固有な力の集積を通過することにより、差異化されるのであった。さて、問題はここなのだ。もし、流れ入る力が切断されたままで、受容されなかったとしたら、どうなるのか?

各人の内には固有な力の集積がある。だから、流入してきた力は一旦切断され、受容され、差異化される。が、受容が可能なのは、流入してきた力と集積された力の間で、何がしか共振するものがあったからであろう。共振も共鳴もしないのであれば、その力は受容しようがない。

流入してきた力が、一度も集積されたことのない力であれば、共振も共鳴もしようがない。たとえば、全く見知らぬ共同体と出会ったとしよう。彼らは見たこともない儀式を執り行っており、しかもそれに加わるように言ってきたとしよう。さて、どうするか? うかつに加わったら危害を加えられるかもしれない。礼を失するようなことをして関係を悪くするかもしれない。逆に、加わらないことによって関係を悪くするかもしれない。

触知的な眼差しによっては何も見えない。見も知らぬ他者であり、どんな儀式かやったこともなく、自明性を、力を共有していないからだ。とすれば、力の共有なくして事態を認識しなければならない。それはもはや触知的な眼差しではない。眼差しは力から自立化しなければならないのだ。

力を受容できない状態を、力の差異化に対して、力の異質化と呼ぼう。受容されたなら、力の集積を通して差異化される。しかし、そもそも受容されないなら、差異化されようがない。むしろ、それは全く異質なものとして拒否されるのだ。これが異質化なのである。そして、ひとたび異質化されたなら、力が共有されないがゆえに、触知的眼差しは役に立たない。眼差しは、力から離れて事態を見て取らねばならなくなるのである。

それは純粋なる眼差しであり、見ることの純化である。では、力を見ないなら一体何を見るのか。それは、純粋な形である。

そもそも、見ることは形を見ること以外ではない。しかし、触知的眼差しは少し異なる。たとえば、痛みを感じ、痛いと認識する場合を考えてみよう。痛いと感じることは決して見て取ることではない。それは直接的な身体感覚である。が、それを「痛い」と認識しするなら、身体感覚は言葉にもたらされている。そして、言葉になっている以上、「痛み」という概念が成立しているのであり、その限りで形になっているのである。つまり、名状しがたい身体感覚は言葉を通して形とされたのである。

力は本来触覚の隠喩によって語られるべき種類のものである。それゆえ、それ自体いかなる形も持っていない。しかし、触知はそれを言葉にもたらし、概念にもたらし、それゆえ形にする。つまり、触知的眼差しは形なき力を形に造りなおすのだ。本来形をもたないはずの力を形しにしてしまう。本来触覚の隠喩にしか属さないものを、視覚の隠喩へ引き入れるのである。だから、触知的眼差しは力との相関においてしか成り立たない。

これに対し、純粋な眼差しはもはや力との相関のもとにはない。力から完全に切り離されている。とすれば、その対象は、初めから形なのだ。すべてが初めから形として見て取られる世界。それが純粋なまざしの対象領域である。触知的世界に対し、形象的世界。それは触知的世界とは全く異なる世界である。始めから終わりまで、ただ形だけが問題となる世界、それが形象的世界なのだ。

しかし、それはそもそも哲学の領域そのものではなかったか? 哲学は本来「見る」ことときわめて関係が深い。ギリシャ語で「見る」ideoの系統の語は2つあるらしい。一つはideinであり、いまひとつはeidoである。いずれも「見る」という意味であるが、前者に由来するのが、ideaであり、「形」を意味し、後者に由来するのがeidosであり、やはり「形」を意味する。ideaが主にプラトンが用い、eidosは主にアリストテレスが用いたが、アリストテレスはプラトンのイデア論を世界に内在するものとして読み変えた側面があり、イデアと言おうが、エイドスと言おうが、要するに形こそがその中心を成すのであり、「見ること」が決定的な特権をもつのである。

その意味で哲学の領域は初めから形象的世界であった。いや、むしろ哲学にとっては世界は形象以外の何ものでもなかったと言うべきであろう。形象の世界だけが真の世界であり、形象の度合いが低下すれば低下するほど、虚偽に陥るのである。純粋な形象こそが真理なのである。

おそらく近代とは、この形象的世界の全面化なのである。古代から中世にかけて、哲学の中心が形象にあったことに間違いはない。しかし、同時に土着の世界があり、またキリスト教の世界であった間は、人々の暮らしの次元にまで形象的世界が全面化することはなかった。しかし、近代は違う。その全面化が起こったのである。

その中心となるのが、「情報」であった。

■形象的世界と情報

情報とは言うまでもなく、informationである。これはラテン語の「informare」が語源であり、これは「心・精神に形を与える」ということを意味していたらしい。というのも、そもそもラテン語のformがギリシャ語のeidosやideaに相当して、形を意味しているのである。つまり、formはギリシャ語のeidosやideaと同等の意味をもっており、そこからinformareが由来し、それがinformationになっているのである。その意味で「情報」はギリシャ哲学の正統な嫡子と言える。それは形を人の心に与えるものであり、その中心は形象にあるのである。

近代が形象的世界の全面化であるとは、他でもない、情報の全面化を意味しいている。近代は情報化していくことによって、形象的世界を全面化していくのである。

先の例をもう一度思い起こそう。全く見知らぬ共同体と出会い、見たこともない儀式に加わるように言われ、共有する自明性がないがゆえに全く判断がつかないとき、唯一頼りにすべきはおそらく情報なのである。

見たこともない儀式について調べ、それが何を目的としており、参加して何をすることになり、それが自分たちにどのような結果をもたらすことになるのか、それを正確に知ること、それが何より重要であろう。その情報が手に入れば、その儀式に加わるべきか、加わるべきでないか、判断ができるであろう。

そのとき、儀式がもたらす諸力をあらかじめ受容する必要などない。見知らぬ共同体と前もって自明性を共有する必要もない。そうした力の共有から完全に自立化し、身を引き離し、その儀式を客観的に(とはつまり、純粋な形象として)見て取ることだけが重要なのだ。それによって「事実」が浮かび上がる。そして、その事実に基づき自分たちのとるべき行動の判断をするのである。

このように、力を受容できず、拒否し、異質化することによって、触知的眼差しは自立化し、純粋に形象的な眼差しとなる。こうして世界は形象化されるのである。

しかし、この形象化は前近代的な世界においても見出されるものである。ただ、前近代においては、形象化は触知的世界の中に伏在していたと言っていい。前近代的な世界は、基本的に触知的世界である。触知的なるものが土台を成す世界である。が、上に見たように、その中でも異質化が発生し、触知的なものから離れ、情報が必要とされる事態が起こる。そのとき、触知的世界の中に形象的なものがさまざまな仕方で現れるのである。

もちろん、触知的世界であろうと、ごく単純な意味での事実を知る必要はいつでも生じ得る。共同体内で先祖を祀る重要な儀式があるというとき、それに加わろうと思えば、いつどこであるのかというきわめて単純な事実を知る必要がある。そんなことは、いつの時代でもごく日常的にあることだ。重要なことはそうしたことではない。いつどこであるのかという情報が必要となるのも、そもそもその儀式の何たるかを触知的に知っており、それに参加すべく駆動されているからである。問題は、そのような触知的世界を覆すような性質の情報なのだ。そして、それは異質化によってもたらされるのである。

だが、そもそもなぜ異質化が発生するのか? もちろん、自明性を共有できないからであるが、どのような場合に自明性が共有できなくなるのか? ポイントはおそらく生存志向にある。

そもそも、生存源泉は自明性を共有さしめ、共同体を一体とする根源的力であった。しかし、生存志向は逆に生の形を得るために人々を闘争させ、分離さしめる力であった。人は自分の望ましい生の形を得るため、より有利な立場に立つため、より多くの利益を得るため、互いに争う。そのとき、互いの間に共有されているものは機能しない。同じ共同体に属しているなら、神々や先祖や伝統などを共有しているはずであろう。しかし、望ましい生の形を得ようとする志向が強ければ、それらの共有されているはずの自明性は力を失う。生存志向と生存源泉の間に亀裂が走る。ここにおいて異質化が大きな地歩を占めることになる。

とは言っても、前近代においては、生存源泉の力はいまだ強い。生存志向が全面化することはない。しかし、それが、近代において全面化するのである。われわれが社会契約論に見たのは、そのことなのだ。

■未来と変化と富の増殖を欲望する人間類型の出現

われわれはすでに生存志向が全面化するプロセスをヨーロッパの近代化の中に見た。まず、11世紀頃からの叙任権闘争を通して聖なる世界と俗なる世界に境界線が引かれ、神の支配の及ばない、人間が自由に欲望を追求できる世界が現れた。(「叙任権闘争による神なき人間世界の始まり」)。そこでは、とりあえず聖なるものに囚われず、俗なるものを俗なるものとして欲求できるベースが生まれてくることになる。

同時に1096年に始まる十字軍をきっかけに交易が活発になり、自給自足から貨幣経済への変化が起こり始める。(「おくるみ スワドル 寝袋 ベビー 赤ちゃん 出産祝い 夜泣き \19日20時~100円OFF!/おくるみ スワドル 寝袋 ベビー 赤ちゃん 出産祝い 夜泣き 寝かしつけ 春 夏 秋 冬 コットン 綿 ファスナー ピンク ホワイト ブルー グリーン グレー モロー反射 かわいい 退院 寝袋 女の子 男の子 柔らかい 人気 新作 送料無料 9C25」)。見知らぬ共同体間で交易をおこなうには、等価交換をしなければならず(壺1つに対して穀物どのぐらいと交換できるの?ということ)、そのために貨幣による媒介が必要となった。だが、それだけではない。当初、モノとモノとの間に貨幣による媒介がある(商品→貨幣→商品)状態であったが、それが、貨幣と貨幣の間にモノによる媒介がある(貨幣→商品→貨幣)という状態へ進化することになる。つまり、手持ちの商品を貨幣によって交換するのではなく、手持ちの貨幣を商品の交換によって増殖させるということが生じるのである。マルクスによれば、これこそが資本主義の始まりである。

米を魚と換えてほしいから貨幣を媒介とした交換を行うというのではなく、貨幣をもっと増やしたいから米を売ってより多くの貨幣と交換する。こうして、貨幣の増殖が始まるのであり、この増殖する貨幣のことを特に資本と呼ぶことになる。単なる交換の手段としての貨幣は資本でも何でもない。元手となってより多くの貨幣に増殖する貨幣、それが資本なのである。

こうして無限に富を増やすということが人間の行動のベースとなっていく。貨幣経済とは、単に物々交換から貨幣を媒介とした交換への変化を意味しているのではなく、貨幣を無限に増殖させていく経済のあり方への変化を指すことになる。聖なるものから解放され、俗なるものを欲求できるという変化の上に、富を無限に増やすというエートスが折り重なっていく。こうして人間の欲望は解放されていくのである。

さらにそれに拍車をかけたのが宗教改革であった。ヨーロッパ中世は創造による神の秩序という過去設定を何より重視する時代であった。神が定められたもの(したがって、過去)を勝手に変えてはならないというわけである。それに対し、創造の秩序を罪によって台無しにされたものと見なし、終末における罪の贖い(したがって、未来)こそを最重要と考えたのがプロテスタントであった。いまや過去は罪として裁かれるべきものとなり、代わって終末における救いという未来こそが何より重視されねばならないものとなる。

過去はもはや否定されるべきものである。したがって、過去にこだわることは何もない。重要なのは未来だ。未来へ向かって過去を変えていっていいのだ。未来と変化こそに価値がある。これこそが宗教改革が生み出したエートスと言える。富を無限に増やすというエートスを未来と変化という価値がいっそう駆動することになるのである。

かくして、11世紀から17世紀ぐらいまでの大きな変化の中で、神から解き放たれ、未来と変化を志向し、富を増やすという欲望を徹底的に追求するというタイプの人間が現れる。この人間類型こそが近代という時代を生み出すことになるのである。

そして、こうした人間類型をベースにして形成されたのが社会契約論であった。アリストテレスにとって人間の本性(自然状態)は、ポリス的であることであった。つまり、人間は自然本性として国家という共同体を形成するようにできているのである。自然状態で放っておけば、国家を形成してしまう、それが人間だというのである。(「アリストテレスの国家観の再移入から社会契約論へ」)。

それに対し、社会契約論は、自然状態を孤立的なものと見なす。ホッブスは生存のための闘争状態と考え、ロックは労働主体による自由と平等と見なし、ルソーは野生人の自己愛と哀れみによる単発的関係と考える。いずれにせよ、人間の自然状態は国家形成以前の孤立的状態なのである。(「社会契約論における自然状態」)。

これは他でもない、上の人間類型を前提としている。未来と変化を志向し、富を増やすという欲望を徹底追求する人間。実際上はともかく、このタイプの人間を純粋に類型化すると、それが異質化を前提としていることが分かる。富を増やすことこそが第一義的に重要である人間にとって、他の人間はすべてライバルだ。欲望を徹底的に追求する人間にとって重要なのは自分の欲望だけである。それが実現されるために必要とあらば他者と共同もしよう。しかし、それを邪魔するなら他者は敵である。自分の欲望実現のために生きる限り、基本的には他者はすべて敵だ。味方になるのは互いの欲望実現にとって共同が利益になる場合だけである。

この敵という他者との間では、自明性の共有が第一義的に機能することはない。たとえ、同じ神を信じていようと、同じ血族に属していようと、同じ郷里の出身であろうと、ひとたび富の追求競争となるや、そんなことは関係なくなる。みな基本的には敵なのだ。同質性が機能するのは一定の限界点までである。その限界を越えると、互いに敵であるという異質性こそが関係性を支配することになる。

この異質性をホッブスは文字通り闘争状態と捉えた。それに対し、ロックはそれを自由と捉えるとともに、欲望追求の権利が万人に開かれていることを平等と捉えて、積極的に評価した。ルソーは本来の自然人においてはそもそも欲望追求は第一義ではなかったのに、それが土地所有等によって破壊されることによって欲望追求を第一義とする人間が現れたと捉えた。いずれにせよ、富の追求を第一とする人間どうしの異質性、それこそが近代のベースを形成することになる。

こうして生存志向はもともとの自生的自明性から脱却することになる。同じ信仰や同じ血族、同じ郷里といったことをベースにした同質的な関係性から脱し、富の追求という異質性を中心とした関係性が形成されることになる。これが生存志向の自立化である。近代においては自生的自明性のもつ同質性が後退し、異質性こそが全面化していくのである。

では、異質性を前提としたとき、人は互いにどのように関係を結んでいくことになるのか? 自生的自明性が本来の機能を果たさないなら、何をもって互いに理解し合ったり、共同歩調をとったりするのであろうか?

上に見たように、そこで決定的な役割を果たすのが、情報なのである。

■情報、知識、理論

信仰が同じなら、血族が同じなら、郷里が同じなら、あれこれ言わなくとも触知的に理解し合えるであろう。だが、異質性がベースなら、あれこれ言わなければわかり合えないのである。他者の状況、目的、考え方等々、触知的理解から離れて、いちいちそれ自体として知る必要が出てくる。それらを見て取ることをそれ自体として遂行しなければならなくなるのである。

触知に対して、情報が、見て取ることが、形象が決定的な役割を果たすことになる。それまで触知的世界の中に内在化していた形象的なものが、自立化し、全面化し、一つの独立した領域を形成し始める。生存志向の自立化は、同時に形象的世界、つまり情報領域の自立化でもあるのだ。

実際、異質性がベースとなる世界で自分が有利になるように事を展開しようとすれば、他者の動きを客観的に知る必要が生じる。情報が不可欠となる。その情報を得ることによって、今後を予測し、これから起こりうることに備えることができる。

それは、自明性に突き動かされることとは根本的に異なることである。神が命じたもうから為すという場合、結果がどう予測されようと、神を信じて実行するということが何より重要になる。しかし、異質性と情報の世界では、事実を知り、予測し、望ましい結果を得るべく行動することが不可欠となる。なぜなら、それを破砕するような強い自明性の力がないからだ。命じたもう神はもはや弱体化している。ならば、人が事実に即して行動する以外ないのだ。

しかし、それなら、情報だけで十分と言えるだろうか? 確かに、情報はそのつどの出来事や状況を知らせてくれる。が、それは本来、きわめて文脈依存的なもののはずである。つまり、いまここでの状況に強く規定されている。自分たちの計画を敵が阻止しようとしているとき、その極めて限定された文脈の中で、対処に必要な事実をいち早く捉まえなければならない。それは確かにその通りである。しかし、そのことを事前予測することはさらに重要であり、そのためには敵に関するもっと広範な事実を知っておく必要があろう。が、それだけでもない。そうした敵の動きの本質を捉えるためには、地形や天候などさまざまな基礎となる事実も知っておく必要がある。こうして文脈はどんどん広がって、結局、特定の文脈に捉えられない汎文脈的な事実を知る必要も出てくる。

この汎文脈的な事実を「知識」と呼んで、情報と区別しよう。情報は文脈依存的であるのに対して、知識は汎文脈的である。ただし、両者を原理的に区別することはおそらくできない。その区別自体が文脈依存的になるであろうし、それによってその境界線はそのつど動くであろうから。

しかし、もうひとつ、文脈から完全に脱却するということがあり得る。「汎文脈性」に対して「脱文脈性」である。この脱文脈的なものを「理論」と呼んでおく。知識がさらに理論のレベルに達するについては、原理的な問題が重要になる。なぜなら、文脈を脱していると言えるなら、その境界を特定できるはずだからである。汎文脈性は多くの文脈を束ねたような広範さを指す。よって、どれだけの広範さが汎文脈的と言えるのか、線引きは難しい。しかし、脱文脈性は、文脈自体を脱却するがゆえに、文脈と非文脈の区別が生じ、それを特定することが可能であり、それゆえ必要となる。科学における検証可能性などはその典型例と言えよう。

こうして、異質性における形象的なるものは、情報、知識、理論と進化していくことになる。すでに見たように、情報の持つ形象性、つまり、ラテン語「informare」のもつ「form」は、ギリシャ語のeidosやideaに相当しているのであった。そして、eidosにしろ、ideaにしろ、その形象性は基礎づけの秩序を成しており、理性的には理論的秩序であり、内面的には魂の秩序であり、存在論的にはコスモスの秩序であった。情報は形象というその一点において、知識へと、そして理論へと通じているのである。

とすれば、結局のところ、異質性は情報、知識、理論を含む理論性の領域を全面化するとも言えるであろう。それは単に17世紀の科学革命だけを指しているのではない。確かに科学革命は哲学に大きな変容をもたらした。それまで哲学の対象領域であった自然を科学という新しい理論化の方法によって独立さしめた。だが、重要なのはその後だ。自然科学は一つの規範となって、科学を他の領域にも広めるきっかけとなったのである。今日諸科学は、経済、魂(心理)、社会、生命、その他さまざまな領域をその脱文脈的な方法によって理論化しているのである(もとより、どこまでが真に科学と言えるのかは別問題であるが)。

こうして、われわれの卑近性を取り囲むさまざまな事象が理論化されることになった。そして、それらの土台として常に存在しているのが、情報なのである。知識を手にし、理論を得る以前に、われわれは常に情報に立脚している必要がある。情報と事実を土台とするからこそ、知識へと、理論へと進むことができるのである。

その意味で近代においては生活の土台は情報によって形成されていると言っていい。触知的な世界ではなく、情報に媒介された世界こそが近代人の日常なのだ。

■近代に特有な構成的自明性と実践-理論闘争

ならば、自明性はどうなるのか? すべては理論性に支配され、自明性は消滅するのか? そんなことはない。「構成的自明性としての社会契約論」で見たように、ロックにおいては生命、財産、自由は新たな生存源泉として自明なるものと見なされた。なぜ生命が守られねばならないのか、なぜ働いた成果は働いた者の所有になるのか、そのためになぜ人は自由でなければならないのか。そんなことに説明がいるだろうか? 理由付けがいるだろうか? あまりに当たり前ではないか。

確かに近代において、古き生存源泉は次第に弱体化していった。神も、村の掟も、人々の生存の源泉にはなり難くなっていった。しかし、だからと言って生存源泉という自明性が消滅したわけではない。人が生きていくには、生きる意味を生み出してくれる源泉が不可欠なのである。

中世においては働いた成果は地代で奪われ、生殺与奪の権も支配者に握られ、ひとたび農奴に生まれればそこから脱する自由もなかった。しかし、いまや働けばその分は自分の財産になり、農奴であっても商人になることもでき、また生殺与奪の権を握る者もいない。これがどれほどの希望を人々に与えたかは計り知れないであろう。それはまさに生きる意味の源泉であった。生存源泉は近代において新たに形を変えていったのである。

この新たな生存源泉の自明性こそが、近代における自明性の基礎となる。もちろん、生命、財産、自由というのは、自明なるものの一例ということになろう。それだけが近代における自明性ではない。むしろ、近代が変化と未来志向の時代であるがゆえに、自明性がさまざまに形成されるところにこそ近代の本質があると言うべきである。

たとえば、確かに人が自由であることが自明なら、労働者が拘束されるとき、正当な理由がなければならない。それゆえ、労働契約があり、正当な対価が支払われてはじめて拘束が可能となる。それは自明であると同時に、理論的な(理屈に適った)ことでもある。

しかし、他方でそれにまつわる別の自明性が形成されることも考えられる。たとえば、勤勉は美徳であるといったことである。もしそうなら、労働契約に定められたよりも多くの時間を労働に費やすことが奨励されることになろう。そして、その美徳の前では個人の自由も必ずしも重要ではなくなるといったことも考えられるかもしれない。とすれば、自由に基づく理論性(理屈に適ったこと)は後退し、勤勉を美徳とする自明性に基づく理論性が大きな地歩を占めることになろう。

近代においては自明性はさまざまに変転する。前近代のような安定性はない。生存源泉であろうと、生存志向であろうと、さまざまな自明なるものが人々を捉えるのである。なぜか? それは、異質性を基本とする世界では、情報が人々を規定するからであり、その内容によって新たな自明なるものが形成されたり、縮減されたりするからである。変化と未来志向こそが近代の本質である以上、新たな情報が常に自明性を更新していくということがあり得る。事実も現実も、情報こそが形成するのである。

しかし、そのようにして形成された自明性が、今度は逆にそのつどの情報を規定するということが生じる。情報だけではない。さらに知識を限定し、理論を侵食する。一見客観的に見える情報や知識、理論の背後に思わぬ自明性が潜んでいることもあり得るのである。とすれば、情報や知識、理論と自明性は相互に強化し合う循環的関係に入ることもあり得る。特定の情報や知識、理論が特定の自明性を形成し、その自明性がまたその特定の情報や知識、理論を強化し、それがさらにその自明性を強固にする。自明性は変転するとともに、情報や知識、理論を通して、自らを強固に維持していくのである。

このように形成され、維持され、変転していく近代に特有な自明なるもののあり方を、構成的自明性と呼んだのであった。自生的自明性は、その自然発生性ゆえに、形成されることもなければ、情報等によって強化されたり、変転したりすることもない。しかし、構成的自明性は、まさに情報や知識、理論と相互関係に入ることにより、独自の運動をすることになるのである。

もちろん、構成的自明性も、自明性である以上、自明性として機能する。すなわち、理由付けなく人々を捉え、動かす。しかし、その自明性は常に懐疑可能である。情報や知識、理論との循環的な強化関係にある以上、別の情報、知識、理論によって変容されることがあり得るからである。すなわち、構成的自明性は常に批判可能なのであり、また批判されねばならない。なぜなら、妥当と思われる理論性の背後に、妥当とは言い難い偏狭な自明性が潜んでいることもあり得るからだ。

これが実践-理論闘争である。前近代における自生的自明性は決して批判を許さなかった。あからさまに批判する者は共同体の破壊者と見なされたであろう。しかし、近代においては違う。むしろ、構成的自明性は批判されねばならず、批判を通過する限りにおいてのみ、その自明性としての力を保持することができるのである。

このように、近代とは自明なるものが構成的自明性となる時代であり、自明性が不断に批判されねばならない時代なのである。

この構成的自明性の姿をさらに具体的に捉えていこう。

2012年3月25日 (日)

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自明なるものの中で、ひとつ特権的なものがあるのであった。それは生存である。生存は理由もなく出現するという意味で突如性の典型であり、また、それがなければすべては無であるという意味でもあらゆる自明なるものの土台となるのであった。これをさらに見ていくのに、実践的差異について考えていく必要がある。(「生存という特権的自明性」)。

■生存源泉と生存志向の間の亀裂

実践的差異を考えていくに際しては、再び生存について見てみる必要がある。

生存は生存源泉(たとえば神々)を出現とし、生存志向(たとえば地位の獲得)を志向とした。つまり、生存は生存源泉と生存志向が織りなす運動なのである。

その場合、生存志向は生存源泉の力によって規定されるのであった。集団の中で地位を手に入れようとするにしても、神々の意志を無視してはできない、ということである。だが、注意が必要だ。人間はそれほど素直ではない。神々の力に捉えられていると言っても、その仕方は人それぞれで異なるだろう。集団全員が判で押したように同じ捉えられ方をするわけではないのである。忠実な者もいれば、適当な者もいよう。こうした差異は避けられないのである。

なぜ、そんな差異が生じるのであろうか? 考え得るのは生存源泉と生存志向の亀裂である。

旧約聖書の創世記に有名な堕罪の記事がある。もともと神は自分に似せて人を造り、エデンの園に置いた。そこで人は蜜月のごとく神と一体であった。しかし、人、すなわちアダムとエバは蛇にそそのかされて善悪を知る木の実を食べ、目を開かれ、神を恐れるようになる。「あなたの足音が園の中に聞こえたので、恐ろしくなり、隠れております。」(創3・10) 

ここにおいて神と人間の間に亀裂が走る。人は善悪を知るようになった。神しか知らなかった善悪を知り、神とは別に善悪を判断するようになり、神と対峙するようになった。神に似せて造られ、神と一体であった人が、神から切断され、神を恐れるようになったのである。

その結果何が起こったか? 「お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。」(創3・17)「主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、彼に、自分がそこから取られた土を耕させることにされた。」(創3・23) エデンの園から追放され、食べるために額に汗し、労苦することになったのである。

耕すこと、労働することは、生存志向の発端である。ルソーは、労働こそが貧富の差を生み、支配被支配の関係を生むと考えた(「社会契約論における自然状態」)が、その意味で、人は善悪を知るに及んで、生存(生き残りを賭けた闘い)を志向せざるをえなくなるのである。神との蜜月においてはあえて生存を志向する必要もなかった。しかし、エデンの園の外部に放逐されたいま、生き残ることを欲望せざるを得なくなったのだ。

この創世記の記事はきわめて示唆的である。確かに人は神(生存源泉)によって生きる。しかし、その時点ですでに亀裂がある。神によって生きているということは、神と一体であることを意味しない。むしろ、神と対峙していることを意味しているのである。

もちろん、人は神を知っている。神に従うべきことも知っている。しかし、人は神の意志とは別の選択をすることも知っている。それゆえに人は神から離れ(エデンの園から追放され)、生き残りを賭けた闘いに駆り立てられる。生き残りを賭けて闘かわねばならないということは、すでに神から離れているということであり、しかし、離れている状態でも神を知っているということなのである。

神(生存源泉)を知りながら、神から切断され、生き残りを賭けて闘う(生存志向)。それが人間なのだ。それゆえ、生存志向はすでに生存源泉との亀裂を前提としている。あるいは、生存源泉はただ生存志向との切断においてのみ現れる。生存源泉と生存志向の間には、常にすでに亀裂があるのである。

■力の切断と受容、発出

生存源泉と生存志向の亀裂。これを以前「根源的実践的差異」と呼んだ。(「逆ベクトルとしての生存源泉と生存志向」)。なぜ、根源的か? それは人が生きる世界はこの亀裂の間でしか展開しないからだ。自明性において、おそらくこれ以前の次元は存在しない。生存以前、つまり、生存源泉と生存志向よりも遡り可能な自明性は存在しない。いかなる自明なものも、そして一切の理論的なものも、この生存源泉と生存志向の狭間に現れる以外ないのである。

では、どのように現れるのか? 自明性においてはあらゆるものは差異化されて現れる。これが実践的差異である。つまり、生存源泉と生存志向の狭間には無数の実践的差異が現れるのである。

確かに自明なるものは端的に人を動かす。しかし、それは人間が自動人形であることを意味しない。力は人に接触することによって人を動かすが、問題はこの接触のあり方が無数の差異を生むという点にあるのである。

たとえば、ある職能集団を考えてみよう。彼らは先祖から受け継いださまざまな伝承と技をもっており、同時に生きていくため、他の共同体と交易をしているとする。

彼ら一人一人にとっては、当然守るべき共同体の掟があろう。それは何よりもまず先祖からの伝承であろう。一つ一つの職能から共同体に属する者の生きるべき道に至るまで、さまざまな日々の振舞い方が言い伝えられ共有されているであろう。また、そこから派生して、交易における交渉の仕方や、他の共同体に対した時に行動の仕方、場合によっては戦い方に至るまでが伝えられているであろう。彼ら一人一人は共同体の中で生まれ、成長していく中でこうした掟を身につけていくのである。

このように、先祖からの伝承や他の共同体との不可避な関係から、共同体内部を駆動する力が発生し、人々を捉える。が、この力は恣意的なものではない。むしろ、先祖からの伝承に見られるように、動かし難い不変性をもって人々を捉えるのである。掟とは、この不変性を本質としている。

この不変性を「力の流路」と呼んでおく。力は確かにときに激しく流れる。しかし、その流れは流路によってあらかじめ決まっているのである。それが、この隠喩の意味するところである。また、流路は力の流れによって形成されるのであって、コンクリートの護岸工事のように前もって人工的に造れるものでもないのである。

共同体の中では多くの力の流路が張り巡らされている。掟という形で言語化されたものから、言葉ではっきり言い表せないようなレベルものまで、共同体の中をさまざまに走っている。そして、一人一人はこうした多くの力の流路にさまざまな場面でそのつど接続され、動かされることになるのである。

だが、繰り返すが、人間は自動機械ではない。無条件で直接的な仕方で動かされるのではない。では、どのように動かされるのか? 力の流路に接するとき、実は人は、一旦その力を切断した上で、あらためて受容するのである。たとえば、共同体の中で若者が先祖への崇敬行動を教えられたとしよう。初めは必ずしも得心できるわけではない。しかし、次第に身についてきて、最終的には心底受け入れてその行動ができるようになる。どんな場合にも、こうしたプロセスがあるはずなのである。

もちろん、そのプロセスが極端に短い場合もあるであろう。が、そうであっても、このプロセスは不可欠である。人間は操り人形のように直接手足を動かされるわけではない。どれほど外的な力が強くとも、結局人間は自分で動く以外ないのだ。

だから、流路を通して入ってきた力は、直接人を動かすことなく、まずは一旦そこで切断される。その上で、次に受容される。そして、この受容された力が人を動かすのである。こうして切断と受容によって、力と人間が関係するとき、その仕方を「接触」と呼ぶ。力が人間に接触するとはそういうことなのだ。

さて、この受容においてこそ、力は差異化される。先祖への崇敬行動を教えられた若者たちの受け止め方や行動の仕方は、コピーしたように完全に同じものになることはないであろう。一人一人、ニュアンスや力点や深さや熱意などに差異が現れるであろう。場合によっては受容拒否ということも起こるかもしれない。では、なぜこうした差異化が生じるのか?

それは、そもそも各人がすでに持っている何ものかがあるからである。これを「力の集積」と呼んでおく。各人にはすでに集積されたものがある。この力の集積が外からの力に変容を加え、差異を生むのである。

力の集積には二つの側面がある。ひとつは力の流路の蓄積である。いわば力の流路の記憶である。人は共同体において育ち上がる中で、さまざまな力の流路と接続し、受容する。それによって、その力の流路は各人のうちに蓄積され、自明化される。これが、掟を学んでいくということなのである。力の流路にそって人が行動できるようになるのは、それが各人のうちに蓄積されていくからである。

もうひとつは、各人の固有性である。固有性の由来はわからない。ただ、各人には他者と区別される固有なるものがあるとしか言いようがなく、それが行為における抜きがたい傾向性を生む。力の流路の蓄積も、蓄積の際の選別やフィルタリング、バイアスなど、固有性に色濃く染められる。同じ場で掟を学んでも、各人に蓄積されるものがそもそも差異を帯びるのである。

このような力の集積がすでに各人にはある。力は単に外から来るだけのものではない。力を受け入れ、力を発していくためには、各人自身が力そのものでなければならない。その核が力の集積なのである。共同体の無数の力の流路が蓄積され、かつそれが固有性によって変容されている。こうした力の集積があるからこそ、外からの力は直接入り込めず、一旦切断され、その上で力の集積を通過することで固有の差異を帯びて受容されるのである。

さて、こうしていったん受容された力は、力の集積からあらためて出てくることによって、今度は発出する力となる。それは固有化され、差異化され上で共同体へと再び発出される。先祖への崇敬行動を教えられた若者たちは、それぞれの固有性に応じて差異化された形ではあるが、自らも共同体の成員へ向かって崇敬行動を示すようになるのである。

このように力の流路と接続すると、切断、受容、発出という仕方で、再び流路に向かって力を吹き入れることになる。これをもって力の流路との接続は完結する。この完結した力の流路との接続を「行為」と呼ぼう。力の流路を通し、力と接触し、それを一旦切断し、受容し、差異化し、再び力の流路へ向かって発出する。これが行為なのである。

それによってまた、人は共同体の中に組み入れられることになる。しかし、ただ組み入れられるわけではない。差異化された仕方でである。無数に張り巡らされた流路に対し、人々はそれぞれ差異化された力を吹き入れる。成員のすべてが微妙に差異化された力を発出するがゆえに、逆に共同体全体が少しずつ変容していくことになる。伝統も伝承もただコピーされるのではない。少しずつ差異化されながら、受け継がれていくのである。

■根源的実践的差異の深淵と自生的自明性

さて、この個々の行為における実践的差異を再び根源的実践的差異と結び付けておく必要がある。確かに共同体における力の流路は多数あろう。しかし、だからと言って、それらはバラバラなわけではない。なぜなら、共同体には一方で生存源泉の力があり、他方で生存志向の力があるからである。

あらゆる力の流路は、結局、生存源泉と生存志向に由来しているのでなければならない。どちらにも由来していない力など、前近代の共同体においては、存続の余地はない。共同体におけるあらゆる力は、生存源泉と生存志向を分け持っているのである。

この分け持ち方の配分にそれぞれの力の独自性がある。生存源泉に色濃く染められた力もあろう。逆に、生存志向が多くを占める力もあろう。両者がうまくバランスした力もあろう。生存源泉が強い力は共同体の統合へと人々を駆動するであろうし、生存志向の強い力は逆に闘争へと人々を駆動するであろう。両者がバランスした力が共同体をもっとも均衡した状態に保持するかもしれない。いずれにせよ、それぞれの力は独特な仕方で両者をいかほどかずつ分け持つのであり、そこに力の多様さが現れるのである。

こうしてあらゆる力の流路が生存源泉と生存志向に由来する独自性をもつとするなら、その蓄積としての各人の力の集積も独自性を帯びることになる。そもそも、生存源泉と生存志向に捉えられているのは単に共同体だけではない。むしろ、各人一人一人も深く捉えられている。それは、力の集積そのものが生存志向や生存源泉を分け持っているからである。人によっては生存源泉の力が強いであろうし、人によっては、生存志向の力が強いであろう。しかし、いずれにせよ、力の集積を通して、人は生存源泉や生存志向に否応なく捉えられるのである。

こうして、共同体においても、各人においても、根源的実践的差異が諸力の基本的枠組みとなる。力の集積を通過した諸力はそれ自体実践的差異として現れることになるが、それらは、生存源泉と生存志向との根源的実践的差異の枠内に規定される。生存源泉と生存志向(つまり、生存)の背後はない。それ以上さかのぼるべき次元はない。生存がすべての自明性の根底を成す。つまり、生存源泉と生存志向が人が生きることのすべてなのだ。

だから、どのような力(つまり、実践的差異)も、生存源泉と生存志向の差異の狭間にしか現れない。生存源泉と生存志向をいくばくかずつ分け持ちながら、この差異の狭間の中で独自の位置づけをもって諸力は現れるのである。

人は生存源泉がなければ意味のある生を生きられない。他方、生存志向がなければ生き残っていくことさえできない。場合によっては、意味のある生のためには生き残り自体を断念することもあるかもしれないし、逆に生き残るためには生の意味もへったくれもないといったこともあろう。この2つの根源的な力の間で人は葛藤し、そして、この2つの力の間に無数の諸力が現れる。

この2つの根源的な力の差異の狭間にこそ、人は生きる。そこが人の生きる場である。しかし、この場は決して確かな大地ではない。生存源泉と生存志向がその都度どのような相貌で現れるかわからない。また、諸力がどのような仕方で出現するかもわからない。その意味で、この狭間は深淵である。

力の流路と言っても、コンクリートの溝のように固定的に認識できるようなものではない。定常的に出現する限りでそれと知り得るにすぎず、全体を網羅的に見渡せるようなものではない。それは見通し難い淵に浸されている。また、力の集積も、各人の内を覗きこめば「あそこに、ここに」と認識できるようなモノではない。それを通して出現する力によって、はじめてそれと知られるにすぎない。各人のうちにいかなる力が集積されているか、そしてそれがどのような独自性と固有性に染められているかは、きわめて見通し難いのだ。

このように、生存源泉と生存志向の差異の狭間はきわめて見通し難い深い淵である。それを完全に認識し、人の成り立ちを理解し尽くし、人を思うままにコントロールすることなどできはしない。人にとって人は見えないのだ。そして、その見えない深淵からそのつど生存源泉が、生存志向が、そして諸力が出現する。そして、ひとたび出現したら、それは自明性となる。人はその自明性をそれ以上問うことはない。それが自明である以上、人はただひたすらその自明性を生きる以外ない。見通し難い深淵と、そこから出現する自明性。それが生存源泉と生存志向の差異の狭間なのであり、人が生きる世界なのである。

しかし、見通し難いということは、全く見えないということではない。力は見て取ることができるし、言葉にすることができるし、知とすることができる。これを触知と呼んだのであった。(たとえば、「自明性を再度振り返る」)。触知の本質は何らかの仕方で力と接触している限りにおいてのみ成り立つところにあった。言い換えれば、力を受容し、発出している限りにおいてのみ知り得る知なのである。したがって、それは、生存源泉と生存志向の差異の狭間でのみ成り立つ知なのだ。

逆に言えば、この差異の狭間は、触知によって一定の認識が可能な領域である。つまり、接触する力を見て取る眼差しが人には備わっているのである。この眼差しは力の相関としてしか成り立たない。それは力を見て取るのであって、それ以外の何ものでもない。それゆえ、力として出現しないものは見て取れない。力の流路や力の集積が浸されている深淵を見て取ることは決してできない。しかし、逆に言えば、ひとたび出現した力については、生存源泉であろうと、生存志向であろうと、その他の諸力であろうと確かに見て取ることができるし、また、それを通して現れ出た力の流路や力の集積をも見て取ることができるのである。

実際、力の流路は共同体の掟や慣習として言葉になり、人々の認識となるであろう。また、力の集積は先祖から言い伝えられた物語や人間洞察となるであろう。この眼差しは共同体の中で豊かな触知を生み出すのである。

かくて、生存は生存源泉から出現しつつ、生存を志向する。言い換えれば、生存の出現は生存源泉と生存志向の出現となる。生存が生存である以上、不可避的に生存源泉が出現し、生存が志向される。生存源泉は、共同体の生の意味と根拠を不断に持ち来らす。生存志向は生の形を求め、共同体の秩序を形成し、また闘争を招来する。いずれにせよ、すべては自明なるものの出現であり、疑い得ない生の土台の出現である。こうして形成される共同体と人々の生活の地盤の全体が、「自生的自明性」なのである。自生的自明性は、まさに自生的な仕方で人々の疑い得ない生の土台を形作るのである。そしてまた、触知的眼差しは、この自生的自明性の全体を見渡すのである。共同体の掟や慣習も、先祖から伝えられた物語や人間洞察も、すべて自生的自明性によって生み出されるのだ。

さて、ここまで来て、われわれは、自明性分析の中で、近代の始まりについて語ることができる。結論的に言えばこういうことだ。まず、触知的眼差しが自立化して、力との相関から離れ、純粋に見ることとなる。それによって自生的自明性が構成的自明性となる。これが、近代を生むのである。では、どのような仕方で触知的眼差しが自立化するのか。それについて見ていこう。

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2012年2月27日 (月)

生存という特権的自明性

そもそも、日常の卑近性のレベルでは、人々は自明性を前提として生きている。カントがアプリオリな総合判断が事実存在することを出発点としてその可能性の条件を問うたように、自明性分析は自明性の存在を出発点としてその可能性の条件を問う。ただし、自明性は実践的妥当性に基づくがゆえに、それは例示的方法となる。(「ビーズデコール作品を引き立てる高級感のある額です。 [BF002]MIYUKI ビーズデコール専用額 樹脂製 R50124[RPT]」)。

■突如性と接触

「理論性の限界点分析としての自明性分析」で出現と志向について見た。例示的な超越論的方法に基づき、もう少し見ていこう。

自明なものは、理論的プロセスなしで、端的に出現する。AゆえにB、BゆえにCといったプロセスがない。突然、Cが現れるのである。

その意味で、出現の本質は根拠付けの不在にある。その存在に関して、原因や理由や目的がない。これを「突如性」と呼んでおこう。つまり、理論的プロセスなしに突如現れる、これが出現なのである。

しかし、この根拠付けの不在は、文字通りの不在とは限っていない。たとえば、ある起業家が事業のビジョンをもつとする。それは現在のマーケットを分析する限り、どう見ても合理的なビジョンではないとしよう。ニーズも不確かで、実現可能性もありそうにない。多くの人が正当な分析の結果、そう結論付け、その事実を彼に告げたとしよう。しかし、彼にはこのビジョンが価値あるものとしか思えない。客観的分析は確かにそうだろうが、それでも自分はこのビジョンの価値を信じる。そう彼が思ったとしよう。

この例の場合、根拠付けが不在なのではない。反対の根拠付けが確かに存在している。しかし、それでも彼は自分のビジョンの価値を信じて疑わない。合理的理由による反対があっても、どうしても価値があるとしか思えない。こうしたことはあり得ることである。大げさに言うなら、人間とは時としてこうした思いに捉えられる生き物なのである。

彼はその反対の合理性を疑っているわけではない。むしろ、確かにそれはその通りと思っている。しかし、それとは別に、このビジョンの価値が彼を捉えて離さないのである。

ここに理論性と自明性の切断面がある。根拠付けが正当な仕方で成り立っていようと、それとは別な仕方で自明なるものが現れる。それが出現なのである。

自明なるものは出現する。つまり、理論的な根拠付けとは全く別に現れる。プラスに根拠付けられようが、マイナスに根拠付けられようが、根拠が不在であろうが、ともかくそれとは別に現れ、存続する。その意味で、自明なるものは出現するのである。

では、別の仕方とは何か? この例の場合、それは当の彼がそのビジョンに端的に捉えられ、動かされているということである。自明なるものは人を端的に捉え、動かす。以前、この自明なるものの持つ端的に人を動かす性質を「力」と呼んだ。(「カントの実践理性と自明性」)。自明なるものはその力で人を捉え動かすことを通して出現するのである。

人が、自明なるものの力によって捉えられ、動かされることを「接触」と呼んでおこう。人は力と接触する。あるいは、力は人に接触する。接触こそが人に自明なるものの世界を開く。自明なるものは人に接触することによって出現するのである。

(付け加えておけば、この接触から触知が生じる。たとえば、「自明性を再度振り返る」を参照のこと)。

そしてまた、この理論性との切断ゆえに、出現は削減不可能となる。たとえば、上の例で、彼のビジョンが成功しそうにない合理的理由をまわりの人たちが示し、彼を説得したとする。その理由に納得し、彼がそのビジョンを捨てたとするなら、彼の無謀な思いは理論をもとに削減できたことになる。だが、上記のように、そのビジョンを決しして捨てなかったとするなら、理論がどれほど正しくとも、このビジョンは削減できないことになる。理論性との切断とはまさにこの削減の不可能性を意味しているのである。出現は、それが出現である限りにおいては、削減不可能なのである。

■特権的な自明性としての生存

出現した自明なるものはまた志向をもつ。言い換えれば、力は接触した人間を何らかの方向へ動かす。方向をもたない力はない。自明なるものは出現と同時にすでに志向もつのである。

まず方向未定なまま出現し、しかる後に方向を定めていくのではない。自明なるものは、出現したなら常にすでに何かを志向しているのである。何かを望み、何かを欲し、何かを好む。もちろん、漠然としていることはあるだろう。しかし、何の方向もないということは、出現が出現である以上、考えられないのである。

このように出現と志向が不可分であるならば、出現が削除不可能性というどうしようもなさをもっていたように、志向もどうしようもなさをもっている。それが制御不可能性であった。

志向は好き勝手には変えられないのである。ある事業のビジョンにひとたび魅入られたなら、何としてもそのビジョンを実現したいであろう。適当にビジョンを変えることはできない。ビジョン実現がうまくいかなくても、方向を変える気にはならない。魅入られている自分を自分でもどうしようもないのである。このような意味で、志向は制御不可能なのだ。

こうして自明なるものは出現し、志向する。そして、この出現と志向によって運動する。自明なるものとは、モノのようにどこかにあるものではない。それはそれ自体絶えざる運動なのである。削減することもできず、制御することもできない運動、それが自明なるものなのである。

人は、この自明なるものの力に接触し、巻き込まれ、動かされる。この運動が生み出す動きの場をこれまで「文脈(コンテクスト)」と呼んできた。自明なるものはまた文脈を成しているのである。

さて、このような自明なるもので、もっとも原初的なものは何だろうか? いや、そもそももっとも原初的な自明なるものなどないのであろうか? それとも特定の自明なるものが何らかの特権性をもつのであろうか?

特権的なものはある。それは、これまで繰り返し言及してきた「生存」である。

では、あらゆる自明なるものの中で、なぜ生存が特権性をもつのか? 答えは簡単だ。生存がなければ他のものも存在し得ないからである。あらゆる自明なものは生存の上に存在する。生存がなければ、無である。生存が出現し、何かを志向する、この運動のうちでのみ他のあらゆる自明なるものの運動も可能となるのである。

アガンベンにおける「剥き出しの生」」や「【中古】 ポケモン不思議のダンジョン 救助隊DX/NintendoSwitch 【中古】afb」で見たように、生存とは、もともと剥き出しの生であり、端的な生の事実である。それはおそらくもっとも厳密な意味での出現である。なぜなら、われわれは気が付いたら地上に存在していたのであり、何らかの説明可能な合理的理由によって生存しているわけではないからである。それは文字通りの突如性であって、この世に突然存在していたのである。付け加えれば、生存が失われるのもまた突然である。人は理由もなくこの世界に現れ、理由もなくこの世界から消えていくのである。

その意味で、生存ほど出現の定義を満たすものはない。そして他のあらゆる出現は生存の出現を前提とする。それゆえ、生存は特権的な自明なるものと言えるのである。

(ただし、人間には自死という可能性がある。自死は出現の特徴である削減不可能性に反する。その意味できわめて特異である。また、その自死の可能性を帯びている生存も自明なるものとして特異である。この点はまた別の機会に論じたい)。

■生存源泉(出現)と生存志向(志向)

たが、付け加えるべきことがある。これまで生存源泉と呼んできたものである。生存は端的な出現である。確かにわれわれは理由なく生存し、また理由なく生存を失う。それは確かにそうとしか言いようがない。しかし、人間は太古からそれに耐え得なかった。むしろ、生存の出現に源泉を見出した。それが生存源泉である。

生存源泉とは神々や祖先や自然などであった。(「前近代における生存と神々」)。人間はそうしたもののうちに生存の源泉を見出した。生存は突如出現したのではない。神々や先祖のもとからやってきたのであり、またそのもとへ帰るのである。理由はあるのである。

しかし、この理由は合理的なものではない。なぜなら、神々や先祖は客観的に証示できるようなものではないからである。神々は本当にいるのか? そう問うても客観的な証拠はあるまい。理論的な論証もできまい。とすれば、それは最後は、いるものはいる、としか言いようがない。つまり、生存源泉自体が自明なるものとして出現するのだ。

とすれば、生存出現の源泉を神々や先祖に見出したとしても、神々や先祖自体が再び出現するということになる。どこまで行っても出現。結局、自明なるものの出現の領域にいること自体、何ら変わりのはないのだ。つまり、生存源泉は生存の合理的理由など全く説明してくれない。むしろ、それは出現、力、接触といった自明なるものの領域に再び連れ戻すのである。

かくして、人は生存源泉に接触し、そこから生存を与えられ、力を得る。生存源泉が生存出現の源となる。が、その生存源泉が出現するものである以上、結局人は出現のもとで生きることに変わりはない。生存の出現は生存源泉の出現に覆われるのであり、生存源泉との接触こそが、人の最も根源的な次元になるのである。

さて、こうして与えられる生存がまた志向をもつのである。われわれが生存志向と呼んできたものがまさにそれである。「「神々」から「情報」へ」などでも見たように、剥き出しの生はそのままでは生であり続けることはできない。生が人の生であるためには、「何者か」にならなければならない。一族の一員であったり、特定の職能集団に属していたり、ともかく集団の中で何らかの「形」を纏うことによって、生は初めて人の生となるのである。その形が生形式であり、生存志向は生形式への力として駆動されるのである。

しかし、志向は出現を前提としている。それゆえ、生存志向も生存源泉を前提としている。つまり、前近代における生存志向は生存源泉の力によって本質的に規定されているのである。

もし神々を生存源泉としているなら、さまざまな氏族や部族は、神々に忠実に生きようとすることによってのみ集団として自らを維持できるであろう。もし先祖が生存源泉であるなら、ある職能集団は受け継がれた先祖の伝承に忠実である限りにおいてのみ自らの「形」を維持できるであろう。生存源泉を無視しては生形式は成り立たないのである。

生存源泉を同じくする人々はすべてその生存源泉の力と接触している。その自分たちに触れる力を無視して、その集団の内で生きることはできない。特定の部族が神々を祀る特定の行動をとるのも、特定の職能集団が特定の職能様式をとるのも、生存源泉の力によって駆動されているからであって、近代におけるような合理的理由によるのではない。前近代においてはこの次元では合理的理由など意味をなさない。生存源泉に由来しているかどうかだけが、その「正統性」を保証するのである。

こうして生存は、生存源泉を出現とし、生存志向を志向として、すべての自明性の前提となる文脈を成すことになる。生存という文脈こそがもっとも根底的であって、この生存の運動こそが、すべての自明性の運動を規定するのである。

そしてこの根底的文脈の運動によって形成される自明性の全体が、「自生的自明性」であった。(「自明性の差異から生じる理論性」)。この自生的自明性こそが、前近代における人々の生活の基盤を成すのである。合理性は第一義ではなく、あくまで生存源泉との接触に由来する力が、人々の生活様式を疑問の余地なき当然なものとして形成する。それが自生的自明性なのである。(なお、この自生的自明性と生存志向を合わせて「基礎的自明性」と呼んだのであった)。

さて、近代において、この生存のあり方が根底から変わるのである。たとえば、先のロックの社会契約論で言えば、生存源泉は自然権となり、生存志向は社会契約的な人為的ルール基づくことになる。(「社会契約論における構成的自明性の誕生」)。

そして、これによって、自生的自明性が構成的自明性に変化するのである。

このことについて、さらに見ていくが、そのためには次に実践的差異について見ておく必要がある。

2012年2月26日 (日)

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理論性は自明なるものを理論的なものに還元できると考える。しかし、自明性はその削減不可能性と制御不可能性のために理論的なものに還元しきれない独自なものと認めることもあり得る。それが自明性の容認であった。この自明性の容認によって自明性分析が可能になる。(「理論性の限界点分析としての自明性分析」)。この点についてさらに踏み込んで見ていこう。

■日常に見られる自明性の容認

自明性分析の発端は、自明性の容認にあった。自明性それ自体の存在を認めるかどうか。それこそが、自明性分析の前提となる。

しかし、考えてみれば、自明性の容認はそれほど稀なことというわけではない。

以前、「哲学の衰退と卑近性」において、自明性の持つ卑近性という性格について書いた。中世哲学においては究極の原理である神の存在こそが自明性の基盤であったが、それは何も哲学者や神学者の専売特許ではなかった。むしろ、当時の社会を生きていたあらゆる人々がそれを共有していた。宗教者はもとより、王様も、諸侯も、商人も、農民も、みんな神を自明としていたのであり、だからこそ、哲学者が神を究極の原理としても、誰も反対しなかったのだ。言い換えれば、それは日常の生活レベルで共有されていたのである。職人や商人や農民の日々の生活を動かしていた自明性。自明性はこうしたレベルで人々を動かすのであり、そのことを「卑近性」と呼んだのである。

確かに、科学や哲学といった純粋な理論的営為のレベルで考えたとき、自明性の容認は難しいと感じられるかもしれない。しかし、卑近性のレベルで考えるなら、自明性は常に人々を動かしていると考えられる。実際、日常のあらゆることを理論的な反省にかけ、目的-手段系列や原因-結果系列に還元し、それに基づいてあらゆる行動を制御している人間など容易には想像しがたい。人間を、その日常のあらゆる面について完全に理論化するなどムリな話だ。

科学者といえども、卑近性を生きる一人の人間にすぎない。学問の世界では理論化の完成に邁進するとしても、日々の生活においては、さまざまな自明性を前提として生きていることであろう。あり得るとすれば、可能性のレベルで完全な理論化を想定することだ。つまり、科学が進歩すれば、自分たちの何気ない日常もすべて理論的な説明に還元できるようになるだろうと想定するのである。もちろん、それは勝手であるが、実際には多くの自明性が前提されていると言うほかない。

いずれにせよ、自明性の容認が稀でないことだけは、確かなようだ。多くの人々が理屈ではなく動いている。なぜかもわからず人を好きになり、理屈抜きに音楽やアートやスポーツに夢中になり、当然のこととして家族を愛し、疑う余地もなくいまを生きている。いちいち理由付けなど必要ない。自明性こそが、その当然さゆえに、人々を動かし、活気づけ、生き生きと生かす。そうではないだろうか? そうじゃないとどうしても言うのなら、自明性は存在しないことになる。しかし、そうだと認めるなら、それが他でもない自明性の容認なのだ。

かくて多くの場合に自明性が容認されるとするなら、このことが自明性分析の出発点になるのである。では、いかにしてか?

■カントの超越論的方法

自明性が事実として存在しているとするなら、そこから可能になる方法論がある。超越論的方法である。

これはカントに由来する。カントは当時絶対確実と見なされたものから出発した。ニュートン力学(をはじめとする当時の自然科学)と数学である。この2つは普遍妥当性をもつと考えられた。普遍妥当性とは何か? カントはアプリオリな総合こそが普遍妥当性の源泉であると考えた。つまり、カントはニュートン力学と数学のうちに実際にアプリオリな総合判断が成立していることを認めたのである。

実際に、アプリオリな総合判断が成立している。とすれば、あとはそれを成立さしめている条件を問えばいい。それを明らかにすることによって、哲学はその任を全うすることになるのである。

まず第一根拠を設定し、そこから根拠の系列をたどり、最後にニュートン力学や数学の普遍妥当性を証明しようというのではない。逆である。まず、ニュートン力学や数学が普遍妥当的であるという事実を容認する。容認した以上、それを成立させている条件があるはずだから、それを明らかにする。

これは、少なくとも大陸哲学にとっては、目も醒めるほどの方法論の革命であった。中世哲学はもとより、デカルトもスピノザもライプニッツも、ともかく神を第一原理とした。そして神からの根拠付け系列に繋がることによって、あらゆることの普遍妥当性が証示されると考えた。これをカントは逆転したのである。

ほら、ニュートン力学や数学を見てごらん。神がどうであれ、ともかく普遍妥当性が成立しているじゃないか。それを認めようじゃないか。普遍妥当な学が現に目の前に存在しているなら、それを成り立たせている条件があるだろう。あとはそれを明らかにすれば済むことだ。神など必要ないんだよ。

かくてカントは、アプリオリな総合判断はいかにして可能か、という有名な問いを立てたわけである。

「純粋理性批判」におけるややこしげな術語、たとえば超越論的主観性であるとか、範疇の体系であるとか、超越論的仮象であるとか、こうした術語は、わたしたちの心のうちに実在している何ものかを名指しているのではない。そうではなくて、アプリオリな総合判断が成り立っている以上、人間(理性的存在者)の認識能力の中にこうした機能がなければつじつまが合わない、と言っているのである。

これが、超越論的方法である。それはアプリオリな総合判断の可能性の条件を明らかにしていくことなのである。

■独自の超越論的方法をとる自明性分析

この方法論が、自明性分析においても役立つ。

実際、われわれも自明性の容認から出発する。実際にわれわれの日常の中に自明性は存在している。おそらく、どこまで行っても理論的な説明には還元しきれないような自明性が確かにある。そうであるなら、あとは自明性が成り立つ条件を明らかにして行くだけだ。自明性の可能性の条件を明らかにする。それが自明性分析なのである。

この意味で自明性分析は超越論的方法をとる。ただ、明らかにカントとは異なる面がある。自明性自体が本来理論性に属さないという点である。

カントの場合、出発点がそもそも自然科学と数学であった。したがってその可能性の条件を明らかにすることは、一定の学としての資格をもった。しかし、自明性分析は違う。出発点は科学でも数学でもなく、自明性というそもそも理論性には属さない何ものかなのだ。とすればその可能性の条件を明らかにする営為は、一体何をしていることになるのか?

ここで、たとえば「自明性を再度振り返る」で書いた触知について思い返す必要がある。そもそも、自明性にかかわる知は触知にすぎない。ヴィトゲンシュタイン的に言うなら、私的言語である。それゆえ客観性を要求するような知を叙述するには向かない。

自明性分析は、まず自明性の容認から出発する。言い換えれば、日常の卑近なる自明性体験から出発する。そこで経験される自明なるものは声を生み、言葉を生む。それが触知となる。が、触知も知である。言語体系に属する。それゆえ、抽象化したり、普遍化したりすることが可能である。こうして自明性分析が成立していくわけである。とすれば、それはどこまで行っても触知に由来することに変わりない。ここがカントとは決定的に異なる。では、これはどう理解すればいいのか?

前のエントリー「理論性の限界点分析としての自明性分析」で、自明性にかかわる循環について書いた。ここでもそのことが考慮されねばならない。そもそも、自明性の容認自体が、理論的に根拠づけられるものではなかった。自明性の容認の妥当性は自明としか言いようがなく、したがって、この循環に飛び込む以外、容認の方途はないのであった。

したがって、自明性を容認している段階で、すでに自明性は理論性とは切り離された独自の領域として成立しているのである。繰り返すが、自明性分析の超越論的方法は、自明性の容認を前提としている。容認していなければ、自明性分析もその超越論的方法も、影も形もないはずだ。自明性分析を遂行していること自体が、すでに自明性領域の成立を示しているのである。

とすれば、自明性分析は、理論的な妥当性ではなく、自明性それ自体の妥当性に基づく以外ない。すなわち、共振と共鳴、実践的確証と実践的確信、つまり実践的妥当性に基づく以外なのである。(実践的妥当性についてはたとえば「実践-理論闘争における共鳴的批判」を参照)。

自明性分析を遂行している者なら、すでに自明性を容認しているはずだ。とするなら、好むと好まざるにかかわらず、実践的妥当性によってさまざまな判断を下しているはずだ。ならば、自明性を容認している者どうし、実践的妥当性を元に議論を展開できるはずなのである。

自明性の容認とは、自分自身が否定しようのない自明性に生きている、その現実そのものの容認のことである。理論的にはどうであれ、止むに止まれぬ思いで生きている、その切実さの中で妥当と判断することが実践的妥当性である。自明性分析がどれほど抽象的な言葉を使おうと、最後はそこに依拠する以外ないであろう。

したがって、自明性分析とその超越論的方法は、結局のところ、実践的妥当性に基づくのである。

とすれば、ここからもうひとつの特徴が出てくる。それはこの超越論的方法が例示的なものだということである。

自明性の可能性の条件を明らかにしようとするとき、自明性自体は各人の文脈として互いにさまざまな差異をもつ。各人が身を置く文脈が互いに同一であることなど証示しようがないし、そもそも同一であるはずもない。もとより、共通となる基礎的自明性の上に立脚しているであろうが、各人の実践的差異はそれぞれに異なった実践的妥当性をもたらすであろう。

ならば、各人が明らかにする自明性の可能性の条件は、それぞれで異なることであろう。では、どれが正しいのか? いや、この問い自体が理論的にすぎる。自明性の領域においては、それぞれみな正しいということがあり得るのである。なぜなら、それぞれが実践的確証や実践的確信をもっていることがあり得るからである。たとえ語る内容は異なっても各人が実践的に確証している限り、それは確かに自明なるものとしての力をもつ。そして、互いに触知的に語り合い、共鳴し、共鳴的な推論によって理解し合うことになるのである。(共鳴的推論についても、「実践-理論闘争における共鳴的批判」を参照のこと)。

とすれば、各人が行う自明性分析は、互いに異なるが、みな正しい、ということがあり得る。内容的に唯一の答えがあるわけではない。それぞれ実践的妥当性をもつが、それぞれ異なる内容となるとなり得るのである。これを「例示的」と呼んでおこう。自明性のあり方に唯一の説明の仕方があるわけではない。それは「たとえば、かくかくしかじかというように説明できる」という形で説明されよう。別の人はまた別の仕方で説明しよう。結局、すべて例示であり、その例示が集まっていくことによって、自明性はその姿を現していくことになるのである。

かくて、自明性分析の超越論的方法は例示的である。わたしが行う自明性分析も一つの例にすぎない。誰であれ、自明性分析は例示としてのみ可能なのである。

たとえば、生存志向や生存源泉といった概念も、例示的な超越論的方法による。自明性が現に存在するとするなら、そうした概念がなければつじつまが合わないのである。自明性分析はただそのようにしてのみ可能となるのである。

そこで、さらに自明性について見ていきたい。

2012年2月25日 (土)

理論性の限界点分析としての自明性分析

近代における生存志向は本来理論的なものであった。しかし、それを支える生存源泉は自明性に属する。かくて理論性と自明性は混在することになる。それが構成的自明性である。構成的自明性こそが近代の特質である。(「構成的自明性としての社会契約論」)。さて、この構成的自明性を見ていく前に、あらためて自明性について、少し観点を変えて見ていこう。

■削減不可能性と制御不可能性

人を動かすものには、2つある。理論的なものと自明なものである。理論的なものは、かくかくしかじかだからこうすべきだ、という仕方で人を動かす。自明なものは、そうするのがあまりに当然、という仕方で人を動かす。理論的なものにおいては、目的や理由があって人が動く。自明なるものにおいては、訳もなく衝き動かされて人が動く。

その意味で、自明なものは、理論的プロセスなしで、端的に出現する。AゆえにB、BゆえにCといったプロセスがない。突然、Cが現れる。たとえば、誰かを好きになるとき、理論的プロセスなどない。なぜかもわからず、好きになってしまうのだ。

それは、理由もなく湧いてくる。ともかく湧いてくる。止めようがない。抑えることも、減らすこともできない。その端的な出現は、気づいたら常にすでに出現しているという性格をもつのだ。

自明なるものの、この止めようも減らしようもない出現のありようを、削減不可能性と呼んでおこう。

また、この端的な出現は、一定の方向性をもつ。支離滅裂な自明なるものの出現など厳密にはない。何かが大切であったり、何かをしたかったり、何かを望んでいたり、たとえどれだけ漠然としていても、何か方向がある。志向している。

この志向は好き勝手に変えられない。ある人を好きになったとき、別に他の人でもいいじゃない、ということにはならない。意識的に変えようとしても変えられない。自分自身のことなのに、自分でもどうしようもない。

志向の持つこの自由に変えられないというありようを、制御不可能性と呼んでおこう。

削減不可能性と制御不可能性、これが自明なるものの根本特徴である。そして、削減不可能な出現と、制御不可能な志向という特徴によって構成される自明なるもののあり方全体を、自明性と呼ぶ。

また、具体面で言えば、出現が人を動かす動因となり、志向がその動きの方向性となるがゆえに、自明性は不可避的に文脈(コンテクスト)を伴う。自明性のあるところには必ず文脈の運動がある。(たとえば「逆ベクトルとしての生存源泉と生存志向」参照)。

さらに具体的に言えば、文脈は3つの先行性によって構成される。行為の先行性、繋がりの先行性、自然の先行性である。(「自明性を再度振り返る」)。

いずれにせよ、ここで重要なことは、このような自明性なるものが存在すると認めるかどうか、ということである。認めないならはじめから問題にする必要もない。しかし、認めるなら、そもそも自明性とは何かという問いが生じる。どういうことか?

■自明性分析の前提としての自明性の容認

まず、認めないとはどういうことか? それは一見自明と見えるものも、すべて理論に還元できると考えることである。自明と見えるものが文字通りひとつもないなどと考える人はいないであろう。その意味でなら、自明なるものは確かにある。しかし、それもよくよく分析すると、理論的に説明可能なメカニズムによって動いているはずだ、ということなのである。

いきなりCが出現したように見えても、よくよく見ると、A→B→Cというプロセスをたどって現れたことが分かる。もちろん、プロセスが複雑な場合、さしあたってそれがわからないということはあり得るが、それも科学や技術の進歩によって明らかになる性質のものである。だから、少なくとも可能性としては、すべて自明なるものは理論に還元できるはずだ。したがって、本質的に自明性なるものなどはない。とうわけである。

一般に理論性(科学や哲学)は、自明性を分析するのが仕事である。一見自明に見えるののメカニズムを明らかにし、理論性の側に取り込む。神が降らせるはずだった雨も、自然における水の様態変容のメカニズムによって起こるのだし、憑依と見られてきたヒステリーも、無意識のメカニズムによって起こるわけである。科学も哲学も自明性を分析する。それは自明性を減らし、理論性を拡張するためである。

では、それに対し、自明性を認めるとはどういうことか? それは、自明性は決して理論性には還元できないと考えることである。どれだけそのメカニズムを分析しようとしても、結局、出現と志向に突き当たり、削減不可能性と制御不可能性に阻まれ、そのメカニズムを明らかにすることができない可能性があるというわけである。(以前「カント定言命令による自明性再確認」で、これを端的に「不可能性」と呼んだ)。

また、理論性に還元できたとしても、そもそもその還元自体が無意味だということもある。誰かを好きになった人に、それが一定の脳神経学的メカニズムによって生じる無機質な行為にすぎないと説明したところで、その想いが消えるわけではない。言うだけ無駄だ。(これも同じく「カント定言命令による自明性再確認」で、「無意味性」と呼んだものである)。

このように、自明性はこの不可能性と無意味性のゆえに、理論性とは切り離された独自のありようをもつと認めることがありうる。これが自明性の容認である。しかし、自明性の容認ははたして妥当なことなのだろうか? そう、問うてみてわかることだが、定義上、自明性の容認は理論的に根拠づけられない。なぜなら、それをさえ理論的に根拠づけられると言うなら、そもそも理論性とは切り離された自明性を認めていないことになるからだ。

とすれば、自明性の容認自体が自明だという循環に巻き込まれることになる。この循環にはおそらくいきなり飛びこむ以外ない。そして、いきなり飛びこむことが、すなわち自明性の容認だということになる。自明性容認は一つの飛躍である。すべては自明性の容認から始まる。この飛躍を敢行しないなら、要するに自明性なるものを認めないということになる。それゆえ、自明性それ自体について何かを語ろうとするなら、まず、この飛躍から始める以外ないのである。(「原初的受容と実践性分析」)。

これが以下の前提である。

■理論性による理論性の限界点分析としての自明性分析

ここから自明性を自明性それ自体として分析するという課題が帰結する。上で、一般に科学や哲学は自明性を分析すると言った。それは、自明性を理論性に還元することであった。つまり、自明性を理論性として分析しているのである。しかし、そうではなく、自明性を自明性として分析する。自明性それ自体の分析という課題が生まれるのである。

何が違うのか? 自明性それ自体の分析は、自明性の自明性たるゆえんを分析しようとする。自明性も結局理論性に属するにすぎないという前提を捨て、自明性が理論性と区別されて自明性自体となるのは何によるのか、そこを分析するのである。

自明性の本質は、出現と志向、そしてその削減不可能性と制御不可能性にあった。(というか、そのように出現的に仮定したとして)、このようなあり方それ自体を分析し、何ゆえそれが理論性から切り離された領域であるのかを分析するのである。

それは、出現と志向を分析する。その削減不可能性と制御不可能性を分析する。出現が何で、志向が何で、削減不可能性と制御不可能性がいかなる機能を果たすのか、その独自のあり方を分析する。それが自明性それ自体の分析であり、つまり自明性分析である。

しかし、そこからすぐにわかるのだが、それはそれで理論性の営みなのである。結局それは、出現や志向、削減不可能性や制御不可能性のメカニズムを分析すると言ってもいい。とすれば、それは理論性の営みであろう。当たり前である。そもそも分析なるものを理論性以外が行うことなどあり得ない。それは、まぎれもなく理論性の営みなのである。

つまりこういうことだ。理論性はまず、理論性から切り離された自明性という独自の領域の存在を認めるか否かという問いに突き当たる。認めなければそこで終わり。認めれば、理論性は自らの本来領域の外部をともかくも分析してみるということになる。つまり、自明性という自らの外部に突き当たり、その限界点を分析することになるわけである。

自明性分析とは、理論性自身による理論性の限界点分析なのである。ただし、限界点を根拠づけるためではない。根拠づけられたら、それは限界点でも何でもなく、単なる理論性の内部ということになる。それは決して根拠づけられはしない。ただ、分析して見せるだけ。それだけだ。その領域へはいずれにせよ飛躍によって飛び込む以外ないのである。(以上についても「原初的受容と実践性分析」を参照)。

かくて、次のような図式が成立する。自明なるものを、一方では通常の理論性が、理論性に還元すべく分析する。他方では自明性という限界点を容認する理論性が、自明性自体として分析する。前者にとって後者の課題はそもそも存在さえしない。後者にとっては前者は決定的な限界点を見過ごしている。

前者は自明性は完全に理論性に解消できると信じている。後者は理論性がどれだけ追究しても、決して理論性には解消しきれない自明性それ自体が残ると考えている。そして、この自明性それ自体こそが人を動かすのであって、前者はそこを見過ごしてしまうと考えている。

ここに他ならぬ実践-理論闘争がある。自明性分析が残ると考える自明性それ自体を、通常の理論性は完全に理論性に還元しようとする。そして、実際に多くのものは還元できてしまう。その中で、いわば生き残った自明なるものが自らの独自性を主張する。が、それもまた通常の理論性の批判に曝される。このような際限のない闘争が実践-理論闘争なのである。そして、自明性はただこの闘争の内部でのみ存続することができる。なぜなら、この闘争に耐え得たものだけが自明性として残るのであって、それを経ない自明性は独善的ドグマ以外のなにものでもないからだ。その意味では、通常の理論性と自明性分析が協力し合って自明性を浮き彫りにしてい行っていると言ってもいいのかもしれない。(たとえば「不条理性と実戦-理論闘争」を参照)。

さて、ここでわれわれは構成的自明性に立ち帰ることができる。おおむね前近代は自明性が優勢である。理論性は広大な自明性の領野の内で一部生息するにすぎない。しかし、近代においてはこの関係は逆転する。理論性が優勢になり、それを土台として自明性が変容していくのである。だから、近代においては、自明性と理論性が混在する。この混在こそが、まさに構成的自明性の本質なのである。

それを社会契約論を通してみようとしたわけである。さらに構成的自明性について見ていくために、もう少し自明性について考えていこう。

2012年2月24日 (金)

構成的自明性としての社会契約論

社会契約論、特にロックのそれは、自然権の発露とそれを統御しようとする統治権力という2つの次元より成る。前者が生存源泉に対応し、後者が生存志向に対応する。自然権は生存源泉として新たな自明性を生み出す。しかし、生存志向は近代においては人為的なものとなる。自明性と人為性。ここに構成的自明性という新たな自明性のあり方が生まれるのである。(「社会契約論における構成的自明性の誕生」)。さらに見ていこう。

■自然権という自明性

社会契約で結ばれると想定されるルールはあくまで人為的なものであった。中世の教会を中心とした村の掟のような自生的なものではなく、自然権を守るという明確な目的実現のために合理的に設置された規則なのである。

それゆえ、規則は自由な討議の中で決定されねばならないであろう。討議する以上は、その規則が設置されねばならない理由、根拠が必要であろう。「当然じゃないか」では済まないのである。

つまり、規則は自明ではない。あくまで合理的に根拠づけられる必要がある。それは、理論性に属するのであって、決して自明性には属さないのだ。

しかし、自然権は自明性に属する。ロックにおいては、生命、財産、自由の価値は「当然なもの」として設定される。なぜ生命が守られねばならないのか? なぜ手ずから働いた分は自分の所有になるのか? そんなことは問うだけ意味がない。あまりに当然だからだ。そして、生命を守り労働するために、人は自由でなければならないことも、全くの当然事なのである。

自然権は論証の要はない。それは自明である。むしろ、自然権自体が他を根拠づけるのである。

農奴が都市に出て商人になる。それができるのは人が本来自由だからだ。懸命に働き、財を成していく。その財は正当な理由なく奪われるようなことがあってはならない。なぜなら、手ずから働いて得た財は本来その者の所有となるべきからだ。それをねたんだ者が彼を害そうとするようなことがあってはならない。なぜなら、人の生命は本来冒されるべきでないからだ。

人々が中世的秩序にとらわれず、生き、活動し、富を追求できるのは、この自然権という自明性のゆえである。人が自然権をもつことが自明であるがゆえに、近代が想定する人間の生き方が可能となるのである。

規則の根拠もまさにここにある。他者の自由を正当な理由なく奪う者がいたら、罰せられねばならない。他者の財産を奪う者も、他者の生命を害そうとする者も罰せられねばならない。そこに疑問の余地はない。自然権の持つ自明性のゆえに、当然だからだ。

自然権という自明性が共有されているがゆえに、人々は安心して働くことができるし、思う存分富を追求することができる。また、それを阻害する者がいたら、社会は当然のこととしてその者を拘束し、罰することができる。すべては何の疑問もない。全く当然のこととして人々はそうすることできるのである。

このように自然権という自明性が近代の生存志向を基礎づける。農奴が商工業者になったり、大商人になろうとしたりする生存志向は、自然権という生存源泉に基づいているのである。

■生存志向の構成的自明化

さて、構成的自明性について語るのはここからだ。

富の追求も、それを守るための規則も、本来合理的なものであり、理論性に属するものである。しかし、生存志向のこの理論性は、自然権という自明性に基づいている。それゆえ、もともと理論的であるはずものが自明性を帯びるようになる。ここが構成的自明性のまず第一のポイントである。

しかし、それだけではない。このことはさらにその影響範囲を広げていくことになる。

ロックの社会契約論においては、統治権力は最小限のことをすればいいという含みがある。人民の自由こそが最大化されるべきなのである。後にリバタリアニズムの淵源と見なされる(たとえば、ロバート・ノージック)のも、こうした特徴があるからだろう。

こうした観点から見る時、一般に、統治権力の重要な機能は法的決定と暴力行使ということになろう。上に見たように、人々が自然権に基づいて安心して活動していくためには、まず規則が必要である。その上で、規則に反した者を罰する等の統制が必要である。

規則を作るとは、法律を作ることである。つまり法的な決定を行うことである。違反した者を罰するのは、警察や司法の機能である。これは暴力の行使である。

人の生命、財産、自由は決して奪われてはならない。が、例外がある。違反者の場合である。違反者は他者の自然権を侵害するがゆえに、彼自身の自然権は留保されなければならない。逮捕して自由を奪うこともある。財産を没収することもある。最悪の場合、生命を奪うこともあり得る。それを人々が互いに実行したら社会が成立しないがゆえに、統治権力が一手に行う。統治権力にのみそれが許されるのである。これが暴力行使の独占である。

こうして統治権力は法的決定と暴力行使をもっとも重要な機能として持つのである。

だが、問題はここからだ。このような機能は、本来明確な目的をもって合理的に導入されたはずのものである。決して自明ではない。しかし、もともと自然権という自明性に由来するがゆえに、これが自明性としての機能をもつようになるのである。

実際、統治権力が統治していることについて、人々はどの程度反省的であるだろうか? 国会でいろいろな法律が通るとき、警察が誰かを逮捕したり拘束したりするとき、検察が起訴をしたり裁判所が判決を下したりするとき、それはあまりに当たり前なことになっていないだろうか?

本当は当たり前ではないはずだ。厳密に言えば、一つ一つがチェックされねばならないぐらいだ。しかし、わたしたちの自然権を守ってくれていると考えれば、統治権力のそうした行動は当然となってしまう。さらに、わたしたちは、日々の活動に忙しい身であってみれば、チェックなどやっていられない。だって、議会で法律が成立し、警察が容疑者を逮捕し、それを検察が起訴し、裁判所が判決を下すなど、すべて当たり前ではないか。細かいことは全くわからないが、当然なことを当然にやっているだけではないか。人々はそう思うのではないだろうか。

ここにこそ、本来理論的なものが自明となる、つまり構成的自明性のもっとも重要な本質があるのである。

■理論性と自明性の混在としての構成的自明性

確かに、いちいちチェックしていられない。ある範囲までは当然である。パトロールしている警察官をつかまえて、どこに行こうとしているのか、国民であるわたしに報告しろ、などと要求する人はいないであろう。それは当然の行為である。国民の生命、財産、自由が守られなければならない以上、それは自明なのである。

しかし、この自明性はどこまで広げられるのか? 警察官がパトロールをしている。当たり前。容疑者を捕まえた。当たり前。では、容疑不十分な逮捕は? それはダメでしょう。が、一つ一つの逮捕について、一般の国民はどこまでチェックできるのか? 実際ほとんどムリ。

近代の生存志向は本来理論的である。互いに競争するのにも合理的な戦略があるであろうし、競争のための規則も正当な手続きで合理的に決められねばならないし、規則違反を取り締まるのも確かな理由がいるであろう。それゆえ、すべて論理的に展開できるし、根拠づけられ得る。その意味ですべては構成的なのである。

しかし、いま見たように、他方で自然権に支えられているがゆえに、それらは自明性を帯びるようになる。つまり、近代の生存志向は理論性と自明性が混在している。明らかに理論的な次元の下には、両者の入り混じった次元が伏在している。誰もが自明と思っているが、よくよく考えれば何ら自明ではなく、十分批判可能な次元。逆に理論的に批判しようとしたが、結局自明性に絡めとられ、批判が無意味と化してしまうような次元。このいわば半自明的とも言える性格こそが、構成的自明性の特徴なのだ。

前近代における自明性は根底から自明であった。たとえば、神による創造の秩序はそもそも理論的に批判できるようなものではなかった。しかし、近代は違う。根っから自明なものは希薄化する。そして生存志向から新たに生まれてくるのは理論性が自明と化す構成的自明性である。

それゆえ近代は、あらゆる自明なものを疑い、理論化していくことを宿命づけられる。つまり、構成的自明性は実践-理論闘争をもたらすのである。(「実践性と理論性の闘争」「不条理性と実戦-理論闘争」)。

この構成的自明性についてさらに見ていこう。

2012年1月30日 (月)

社会契約論における構成的自明性の誕生

アリストテレスの考える国家の存在はそれ自体自明であった。それは「生まれ落ちたときから」の自然によるのである。それに対し、近代の社会契約論は理論の実行による国家形成という人為性の次元を開いた。典型的なのがロックとアメリカの関係である。(「¥6,000以上送料無料 全商品ポイント5倍18日0時より/ クラウン ペーパーロック マグネット付 外寸:横870×縦31×厚16mm」)。しかし、この理論実行は実は新たな自明性を生み出すのである。それについて見ていきたい。

■ホッブスとロックにおける統治権力のあり方

社会契約論によれば、契約によって設置されるのは、統治権力である。しかし、ホッブス、ロック、ルソーでは統治権力の理解は三様で、異なる。

ホッブスは言うまでもなく、統治権力をリヴァイアサンに譬えた。旧約聖書に出てくる怪物である。もちろん、社会契約論である以上、成員の合意は必要である。みながルールを決め、守ろうとするのである。しかし、ルールは破られる。秩序は保てない。とすれば権力が必要となる。

ルールを破る者を捕らえ刑罰を科す、そういう権力がなければ秩序は成り立たないのである。強力な権力こそが秩序ある社会の要となる。だから統治権力、つまり国家はリヴァイアサンでなければならないのである。

国家が強権でなければどうなるか? 秩序は解体し、内乱になり、社会は再び闘争状態に戻るであろう。確かに強権は望ましくないかもしれない。しかし、内乱の悲惨とどちらがいいか? これはいわば究極の選択なのである。人間が人間に対する狼に戻りたくないなら、国家がリヴァイアサンになるのはやむを得ない。

これがホッブスの考えた統治権力の姿である。

これは、王権を弁護する考え方という側面をもつ。強権は絶対王政と相性がいいのである。

44歳年下のロックはこうした考え方に反対したと言っていい。若くしてピューリタン革命を目の当たりにしたロックに王権の弁護は考えられなかったであろう。

これまで見てきたようにロックは自然状態を闘争とは考えなかった。(たとえば「社会契約論における自然状態」)。むしろ、本来の自然状態は牧歌的で平和的なものと考えた。そこにおいて人は自然権をもつ。自然権は生命権、財産権、自由権の3つの本来的な権利である。この自然権によって人は自由に働き財産をもち、繁栄を謳歌することができるのである。

しかし、自由はまた人それぞれであることも許す。懸命に働く人もいれば、怠ける人もいるであろう。そのため、貧富の差も開くであろう。するとそこで争いごとも起き、秩序も乱れるであろう。そこでロックにとっても統治権力は必要となるのである。

だが、もともとが牧歌的で平和的なのだから、リヴァイアサンに譬えられるような強権は必要ない。自然権、つまり生命や財産、自由が侵されるた場合にのみ、仲裁し、調整する機能を果たせればいいのである。そこで、社会の成員がみな集まり、そうした仲裁、調整の権限を統治権力に託し、同時にそのために自分たちの自然権が一定制限されることを認める契約を結ぶのである。

これがロックの考えた統治権力の姿である。

だから、主権は一人一人の成員(人民)にある。統治権力は契約によって認められた限りにおいてその機能を果たすにすぎない。決してリヴァイアサンになってはならないのである。

■社会契約論と生存源泉および生存志向

ホッブスの社会契約論はネガティブな傾向をもつと言っていい。なぜなら、闘争状態という悲惨を防ぐためだけに統治権力が呼び出されるからである。それに対し、ロックの社会契約論はポジティブである。統治権力も、生命、財産、自由という価値を謳歌するための手段にすぎないからである。

ロックの社会契約論の持つこの2つの次元に注目する必要がある。ひとつは、人間が自然本来に持っている生命、財産、自由という権利。いまひとつは、それを謳歌するためにも必要とされる統治権力。自然権の発露とそれを必要な範囲で統御しようとする統治権力。

ここでわれわれが生存源泉と生存志向と呼んできたものを思い出そう。なぜなら、自然権は生存源泉に、統治権力は生存志向に対応するからである。

まず生存源泉。われわれはすでに叙任権闘争を通してヨーロッパ中世の中に神的世界とは区別される世俗的世界が出現したことを見た。(「叙任権闘争による神なき人間世界の始まり」)。神が支配する世界に対し、神なき世界。そこは人間だけの世界であり、すべてを人間だけでやっていかねばならない領域である。神に頼れず、人間だけで人間の世界を営まねばならず、また営むことができるのである。

それゆえロックの時代、人々が単純に神を生存源泉として生きる時代は終わりつつあった。後にカントが神なしに道徳を基礎づけようとしたように(正確には神を要請概念と位置付けた)、ロックにおいても自分たちの生きる源泉を神以外に求める必要があった。

それが、自然権であったと考えられる。

逆ベクトルとしての生存源泉と生存志向」において、生存志向が闘争的であるのに対し生存源泉は包摂的であるということを見た。生存志向は人々を対立させ、闘争へと向かわせるのに対し、生存源泉は人々を覆い包み、結びつけ、一体にする。

自然権はその意味でも新たな生存源泉であった。命を与えられた人間が自由に労働し財産を形成していく。その点ですべての人は同じ権利を有する。現代人には何の変哲もなく見えるかもしれないが、すべてが血筋で決まり、農奴に生まれたら最後一生農奴という中世から見れば驚くほど斬新であったこの自然権の考え方こそが、人々を平等にし、結びつけ、新しい社会を生み出す源泉となったのである。

神なしに人間だけでやっていかねばならなくなった世界で、この考え方は新しい希望となり得たであろう。人々を奮い立たせ、生きる力を与え、互いに交わらせ、社会を形成する新しい生存源泉として設定されたのが、自然権であったのである。

では、生存志向はどうか。端的な生存はそれだけでは何者でもない。だから、不可避的に生形式を纏う方向へ駆動される。人は常に何者かにならねばならない。自由に労働し財産を形成していくとしても、職業が必要である。職工になったり、商人になったりしなければならない。そのような形を取らなければ生存を生存として保持することはできないのである。

が、いま見たように生存志向は人々を対立させ、闘争へ向かわせるのであった。ロックもまさにそう考えた。商人になったとしても、人の何倍も働く商人、人並みにしか働かない商人、怠けてばかりの商人など、いろいろであろう。当然手にする財産にも差が出てくる。すると貧富の差も生まれ、争いも生まれる。

人が生の形を取ろうとするとき、自由であればあるほど、互いに衝突するであろう。より確かな地歩を占めようとする中で、競い合い、敗れ、反目しあうこともあろう。生存志向はまさに闘争と分裂をもたらすのである。

自然権という新しい生存源泉が自由な労働と人民よる社会を生み出すが、それが生存志向として人々を不可避的に生形式へ駆動するとき、逆に闘争がもたらされるのである。

■構成的自明性の誕生

ヨーロッパ中世において神が生存源泉であったということは、決して観念的なことではない。それは、村落的な小さな共同体の中で教会を中心とした掟が人々の生の源泉になっていたということである。

ルターが現れるまで、そもそも聖書自体が写本で、きわめて貴重であり、誰でも手にできるようなものではなかった。それに、ラテン語で書かれた聖書は神父でさえ読みこなせない人がいたと言われるぐらいで、人々にとって聖書は事実上存在していないのと同じであったであろう。

そのため神父の言うことが聖書であり、神の言葉であったわけで、それが人々の基礎的自明性となっていた。実際、神父が語り、人々が受け入れ、共同体が昔から守ってきた掟を疑ってかかるなど、一般には不可能であったであろう。

過去志向に支配されたヨーロッパ中世」で見たように、すべての秩序は神によって創造されたのである。昔から連綿と続いてきた共同体とその掟は誰によっても変えようのないものであった。人々は、その自明なる力によって動くことに、疑問の持ちようもなかったと思われる。

それゆえ生存志向も不変なる自明性の中にあった。農奴に生まれたら一生農奴、貴族に生まれたら一生貴族というように、生の形は血筋によって決定され、変えようのないものであった。それはあまりに当然で、疑問の余地はなかったのである。

その自明なる力が自明でなくなり、疑いが生じ、生の形が新たに人間によって設定しなおされるようになったのが、近代なのである。これまで見たように、叙任権闘争などにより神なき人間の世界が現れ、貨幣経済の発達とともに人間の欲望が解き放たれ、宗教改革によって過去の世界が否定され、すべては人間が考え、計画し、実行する人為の世界となったのである。

生存志向はいまや前近代的な基礎的自明性から自立し始める。そのため、中世的掟はもはや通じない。農奴から身を起して商人になる者も出てくるであろう。手工業者を束ねて大きな工房を営む職人も出てくるであろう。そうしてより大きな富を求める中で、互いにぶつかり、争い合う者たちも出てくるであろう。しかし、中世的掟はもはや意味を成さない。村の教会を中心とした掟など、出る幕はない。

人為的な世界で人為的な闘争が起きる時、必要とされるのは人為的なルールなのである。すなわち、連綿と受け継がれてきた掟ではなく、人間が必要とされる目的のために合理的に設定した規則なのである。

社会契約とはそうしたものとして構想されたのである。

それゆえ、社会契約論が指し示す国家の在り方は自明性には属さない。では、近代の国家においては、自明なるものは全くないのか? そんなことはない。

ロックが設定した自然権は、天与のものであった。「なんぼ何でも、これは疑いようないでしょう」というものであった。生命は守らねばならない。そのために働いた分は自分の財産でなければならない。働くためには自由でなければならない。すべて当たり前ではないか。これを疑う者などいないだろう。なので、ここから出発しよう。それが自然権なのである。つまり、自然権はロック的には近代における新たな自明性なのだ。

とするなら、この自然権という生存源泉の自明性を土台とする以上、人為的と目される生存志向にも一定の自明性が生まれるはずである。

人為性の中に新たに生まれる自明性。これを構成的自明性と呼ぼう。近代とは単純な基礎的自明性から構成的自明性へと、自明性のあり方が大きく変わった時代と言える。

この構成的自明性についてさらに見ていこう。

2012年1月29日 (日)

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ロック、ホッブス、ルソーの三者は、社会や国家の形成をあらためて説明するため、自然状態について論じた。(「社会契約論における自然状態」)。それは、彼らにとって社会や国家がアリストテレスのように自然な自明性をもたないからである。自然状態は決して国家ではない。むしろ、孤立した人間である。では、集団における自明性はどうなるのか。さらに見ていこう。

■人間の本性としての闘争、労働、動物性

三人の中でもっとも不合理で無秩序な自然状態を想定したのがホッブスであった。逆にもっとも合理的な自然状態を想定したのはロックであった。ロックは、結局は労働を怠る者等による秩序の乱れに伴う社会契約の必要性を説くものの、基本的には自由と平等に基づく労働主体を出発点としたのであった。つまり、ホッブスは人間の動物性に重心を置き、ロックは人間本来の自然(権)を重視したのである。

ルソーはホッブス的な闘争やロック的な労働さえ自然状態とは見なさず、さらに徹底した孤立状態の人間を想定した。それは人間と言うより野生人であり、むしろ動物的本性を土台としているが、この動物性はホッブスとは異なり、自己保存を追求する自己愛と他者に同情を寄せる哀れみとのバランスを本質としていた。だが、このバランスは労働と土地私有によって崩れ、結局、ホッブス的な闘争を招いてしまうのであり、最後は社会契約を必要とすることとなる。

しかし、いずれにせよ、神が出発点ではない。人間が、その動物性も含めて、人間自身がすべての出発点なのである。少なくともホッブスとルソーは理性や合理性ではなく、人間のもつ不合理性や動物性を重視した。社会契約と言う一見合理的に見える近代の枠組みの根底にこうした不合理性が想定されていることは注目する必要がある。

アリストテレスにおいては国家の存在は自明であった。身分的な支配関係も「生まれ落ちたそのとき」から決定されている自然であり、その意味で国家秩序は自生的なものであった。しかし、いまやその自明性が崩れている。国家形成の出発点があらためて設定しなおされている。

その出発点が人間の動物性であり、自然性である。もちろん、自然状態という出発点が歴史的事実かどうかは別問題である。ロックもルソーもそれを仮定として導入しており、必ずしも歴史的事実とは考えていなかった。しかし、歴史的事実ではなくとも、それを人間の本性と考えていたとは思われる。アリストテレスにとってポリス的であることが人間の本性であったように、彼らにとっては闘争や労働や動物性が人間の本性であったのである。

何を人間の本性と考えるか。それは、一定の恣意性を免れない。なぜなら、最初の設定はそれが最初であるがゆえに前提となる根拠付けが不在だからである。「かくかくしかじかのゆえに、これが人間の本性だ」というなら、その「かくかくしかじか」の方がより根本的な人間の本性ということになろう。これは、どこまで行っても確定することがない。だから、人間の本性は自明性として設定される以外ない。

自明性は定義上、理論的根拠をもたない。それゆえ、常に批判の対象となるし、実際、批判的に吟味されるべきである。それを実践-理論闘争と呼んだ。(「実践性と理論性の闘争」「不条理性と実戦-理論闘争」)。だが、実践-理論闘争を前提としつつも、結局何らかの自明性を出発点とする以外ない、というのも否定しようがない。その意味で、闘争も労働も動物性も、彼らにとっては自明性なのだ。

■理論内部の自明性

この点、もう少し踏み込んでおく必要がある。いま問題にしているのは国家形成の出発点となる自明性だ。が、これは国家形成の理論、つまり社会契約論内部でのことである。つまり、わたしやあなたの実生活上の自明性でもないし、過去の歴史上に実在した自明性でもなく、理論内部で妥当と見なされた自明性である。要するに理論構成のために設定された自明性なのである。

したがって、ここは理論という観点から見る必要がある。アリストテレスの政治哲学にせよ、近代の社会契約論にせよ、理論こそが今問題になっているのである。そして、両者の理論構成において、その自明性設定のあり方が異なるというところがポイントなのである。

では、どう異なるのか?

アリストテレスにおいては国家の存在にまで自明性の設定が及んでいたが、社会契約論においては国家形成の発端にだけ自明性の設定がなされていた。そこが異なるのである。つまり、アリストテレスのポリス的動物という設定は、それ自体に国家の概念を含んでいる。ポリス的ということ自体に国家の必然性が含まれている。人間がポリス的動物であるということは、人間はその自然本性において常にすでに国家を形成しているということなのである。

それに対し、社会契約論は違う。自然人や自然状態や野生人といった設定は、定義上、国家形成以前の人間を想定している。国家自体にまで自明性の設定は及ばない。言い換えれば、国家は何ら自明ではない。自明なのは、人間の動物性であったり、闘争状態であったり、労働であったりするのであって、国家の形成はむしろ契約行為という人為に属するのである。

実際、ロックに例をとるなら、10歳のころ、ピューリタン革命が起こり、17歳のとき国王チャールズ1世が処刑されたが、28歳の時には王制復古となっている。この変転極まりない体制変動の中で、アリストテレス流の自明性を国家のうちに見出すことは不可能であろう。国家のありようは何ら自明ではない。人の意志によっていかようにも変貌する。ならば、自分たちであり得べき国家を構想し、形成しなければなるまい。その答えが社会契約論であった。

つまり、アリストテレスの国家論から社会契約論へと、出発点となる理論内部的自明性自体が根本的に変化したのである。

■理論の現実化

だが、他方で理論は人々の実際の行動を統御する働きをもつ。国家形成についての理論は実際の国家形成の海図となり得る。たとえ実証的なものではないとしても、理論自体が一定の整合性をもつなら、それは人々を動かすこともあり得るのだ。

実際、アメリカの独立戦争においてそれが起こったのである。なぜなら、それはロックの社会契約論を背景にしていたと考えられるからである。もし、抵抗権という概念がなければ、印紙税法に対して徹底抗戦をすることはできなかったかもしれない。この概念があればこそ、人々は方向づけられ、同じ意志と見通しを持ち、一つの行動をとることになった。ロックの社会契約論を通して、主権が自分たちにこそあり、統治権力(イギリス本国)はそれを無視しては何一つできないということを明瞭に理解したからこそ、自分たちの行動の正当性を調達できたと思われるのである。

とすれは、歴史的な実証を持たなかった社会契約論がアメリカ独立戦争で現実のものになったということになる。アメリカは新しく憲法を作る。それは市民と統治権力との契約である。議会制民主主義のもと市民の意志が反映され、それに基づき統治権力が統治し、その内部で人々は生活する。

理論はいまや実践に移され現実化されたのである。

社会契約論の出発点となった自明性は、闘争にしろ、労働にしろ、動物性にしろ、理論内部での設定にすぎなかった。つまり、実生活上の自明性でもないし、歴史上に実在した自明性でもなかった。しかし、思想的背景という形ではあっても現実に人々を動かした以上、それは一定のリアリティを持っていたと考えるべきである。つまり理論内部的な自明性は何らかの仕方で人々の実生活上の自明性と接続していたのである。でなければ、社会契約論自体がこれほど説得力を持つことはなかったであろう。自らの生活を省みて、「確かに人間とはそういうものだ」という実践的確証が人々にあったと考えられるのである。

理論はこのようにして人々を動かす。理論といえどもその内部に初期設定された自明性を持っている。そして、それが実生活上の自明性と接続したとき、理論は人々を動かすのである。

しかし、他方、理論は理論だということも忘れてはならない。理論自体は決して自明性ではない。実際に学び、理解し、適用し、計画し、それを実行に移すというプロセスをたどる。端的な力に駆動される自明性とは根本的に異なる。

国家が自明であったアリストテレスとはこの点が違うのである。アメリカの国家形成は「生まれ落ちたときから」の自然によるものではない。社会契約論という理論に一定範囲で基づきながら、理論の実行という側面をもって為されたものなのである。

このように近代において国家は人々が理論と計画に基づいて形成するものとなった。このベース上においてはじめて、リベラリズムも、保守主義も、リバタリアニズムも、コミュニタリアニズムも、そしてマルクス主義も可能となったのである。

しかし、問題はここからだ。理論に基づき国家が形成されるとき、自明性はどうなるのか? アリストテレス的自明性は消失するとしても、すべては理論実行という形に集約されるのか?

実はそうではない。とすれば、何が起こるのか? 新たに自明性が形成されるのである。

次にこの点について見ていきたい。

2012年1月27日 (金)

社会契約論における自然状態

ここまで、中世から近代への移行期において、ヨーロッパ社会が神の支配から人間の自由へ、自生的国家から人為的国家へ、変化なき世界から変化する世界へ移り変わってきたことをあらためて確認した。(「叙任権闘争による神なき人間世界の始まり」、「アリストテレスの国家観の再移入から社会契約論へ」、「【3980円以上送料無料】緑の力茶(みどりのりょくちゃ)」)。ここから、いよいよ近代における自明性の変遷をたどりたい。

■生形式への力による集団の形成

自明性は行為、繋がり、自然という3つの先行性より成るのであった。(「自明性を再度振り返る」)。人は常にすでに何らかの自然や環境に巻き込まれ、互いに繋がり、特定の行為に指し向けられている。理屈や思考以前に、常にすでにこの原的な実践的運動に巻き込まれている。いかなる理論も論理も、どれだけ精緻に展開されようと、絶えず背後にの実践性を先行させている。

哲学も同じである。哲学を生み出すのも、常にすでに背後で先行しているこの実践性、自明性である。

が、この自明性がヨーロッパにおいて中世から近代への転換期に大きな変貌を遂げる。

そもそも、基礎的自明性は生存志向と自生的自明性より成り、生存志向はそれはそれで剥き出しの生と生形式への力より成るのであった。そして、生形式とは、繋がりの中で「何者か」であることであり、このことが人の集団であることを不可避とするのである。(「集団における事実的自明性という地盤」)。

なぜなら、人は集団内部での位置づけによってはじめて「何者か」になるからである。家族の中で父親であったり、地域共同体のメンバーであったり、国家に属する国民であったりすることによってのみ、人は人であることができる。この「何者か」であることを寸分も身にまとわない人間など、通常は想定不可能である。

もとより、アガンベンはあえてそれを想定をし(と言うか、実際にアウシュビッツ等にそれを見出し)、「剥き出しの生」と呼んだ。(「アガンベンにおける「剥き出しの生」」)。しかし、基本的には人は何の「形」もなく生きていくことはできない。生は必ず「形」を纏う。剥き出しの生は不可避的に生形式への力を帯び、「何者か」になろうとし、繋がりの先行性によって集団となるのである。人が集団を形成するのは、自明性に属するのだ。

だから、アリストテレスは国家を自然なものと見なした。「アリストテレスの国家観の再移入から社会契約論へ」で見たように、基本的な共同体である「家」(オイコス)には家長と女性、奴隷といった支配・被支配関係があり、そのうち家長だけが国家の運営に参画できた。つまり、集団の中で「何者」であるか(役割)が厳格に規定されており、人はその関係性の中でのみ生きることができたのである。人間がポリス的な動物であるとは、そうしたことなのである。

この関係性をアリストテレスは「「生まれ落ちたそのとき」から決定されている自然なもの」と考えていたのであった。なぜこの者が家長で、あの者が奴隷なのか? 理由などない。それは生まれながらに決定されていることで、なぜと問うても意味のないことなのだ。まさに生形式の力はこのようにして繋がりの先行性をベースとしながら自明なるものとしての集団を形成するのである。

■ロックの「自然状態」

さて、問題はここからだ。この自明性こそが近代への移行期に大きく変貌するのである。社会契約論である。

アリストテレスにとってはポリス的であることこそが人間の「自然」であった。この「自然」という言葉が、全く違った意味で使われるようになる。「自然状態」や「自然人」という言葉が、17世紀にホッブスやロックによって言われるようになるのである。

たとえば、ロック。彼は国家の存在を自明なものとは見なさなかった。それゆえ、そもそもなぜ国家なるものが形成されたのか? と問うた。その答えを導き出すために、最初に仮定を置いた。それが「自然人」であり、「自然状態」であったのである。

前のエントリー「人気もギネス級。 雪塩ちんすこう 24個入×5」で見たように、貨幣経済の発達と宗教改革が「変化」という全く新しい考え方を生み出した。中世は世界を神の創造の秩序と見なし、変わらないこと、変えないことを大前提としていた。だから、「変化」というのはそれまでになかった考え方だったのである。変えていい。ならば、社会も今のままである必要はないし、国家も今のあり方が当然ではない。むしろ、それらを根底から覆してもいいはずだ。

実際、ロックが10歳のころピューリタン革命が起こっている。が、それもクロムウェルの死によって崩壊し、王制復古となる。変転極まりない動き。その中で国家の自明性は崩壊していったのである。では、国家とはそもそも何なのか? どのように形成されてきたのか? この問いがロックを捉えたとしても不思議ではない。そして、この問いを追い求めるのに有効な仮定として、「国家や社会が形成される前」を想定し、そこから国家の形成を後付けようとしたのである。

この「国家や社会が形成される前」の人間、それが「自然人」であり、自然人の状態が「自然状態」であった。

ロックの場合、自然とは、自由で平等な状態のことであった。国家や社会ができて、人間は複雑な関係に巻き込まれることとなったが、それ以前はどうだったのか? 人々を秩序づけるものもなく、人間を序列化するものもなく、束縛や拘束もなかったに違いない。とすれば、人間はおしなべて同じような存在だったはずで、貧富の差も身分の差もなく、平等であり、また束縛がない以上、自由であったに違いない。

社会もなく、国家もなく、平等で自由な人間たち。それが、出発点となったのである。(以下も含め、「自由と秩序~ホッブスとロック」参照)。

■ホッブスの「自然状態」とルソー

これに対し、別の自然状態を提示した同時代の思想家がいる。ホッブスである。

彼にとっての自然人は、知性と動物性を合わせ持つものと見なされる。するとどうなるか? まず、動物としては食べていかねばならない。ともかく食べ物を確保し、身を守り、生き残っていくことが最優先事項となる。知性など二の次だ。

しかし、知性は知性で黙ってはいない。知性には予見能力がある。だから、食べ物を確保するんだったら、今日の分だけじゃだめだ、明日の分も、来月の分も、来年の分も・・・確保しなくちゃ、ということになる。つまり、欲望は無限ということになる。

と、どうなるか? 限られた食べ物をめぐって奪い合いと争いが起こるということになるのである。これが有名な「万人の万人に対する戦い」、「人間は人間に対して狼である」につながる。終わることのない戦い。「孤独、貧困、不快、殺伐そして短命」、それが人間の定めだというわけである。

ロックとは全く異なる自然状態である。

ちなみにロックは「食べ物」が限られているとは考えなかった。「かわいいイラスト入りの日付印!キャップレスで連続捺印できる! 【送料無料】シヤチハタ データーネーム EX キャップレス 15号 ※イラストver. (別注品)シャチハタ 日付スタンプ データ印 データー印 デート印 ネーム印 回転 はんこ 印鑑 イラスト キャラクター スタンプ 日付 先生 消印 みました 確認印 べんり オーダー ポスト投函不可」で見たように、富は増やすことが近代の要諦である。ロックはそれを心得ていた。限られた食べ物を奪い合う必要などない。労働によって富は増やせるのだ。

とすれば、ホッブス的な闘争を自然状態と見なすことはできないであろう。実際、闘争があるということはすでにロックの言うところの労働が必要である。食べ物を得る行為、それは労働である。労働があるということはすでに人が自由に活動でき、かつその点で平等であるという前提がなければならない。富が増やせるのであれば、この労働の次元こそが闘争より根本的ということになる。だから、ロックにとっての自然状態は労働による自由と平等なのである。

さらに、自然状態で触れておかねばならないのが、ルソーである。

ルソーについては「自由と秩序~ルソーの課題」に書いたので詳しく再説はしないが、ある意味でルソーがもっとも自然状態の考え方を徹底したと言えるかもしれない。

ホッブス的闘争より、ロック的労働の方がより根本的であるとして、では労働は本当に自然状態と言えるのか? ルソーはそれを否定する。なぜなら、労働が可能であるというこはすでに人間どうしの一定の関係を前提としているからである。

人は労働によって収穫物を得る。労働した分の収穫物はその者の権利である。しかし、この権利を行使しようとすれば、収穫期まで土地を独占する必要が生じる。作付時には自分の土地だったが、収穫時には他人の土地というのであれば、収穫物の権利は保障されない。土地は収穫時までその者により占有されなければならない。かくして労働は土地の所有をもたらす。

土地の占有が生じれば、当然そこからあぶれる者が出てくる。彼らは土地占有者に隷属して生活の糧を得るか、その富を奪うかしか生き残る手立てがない。土地占有者はあぶれた者を支配するとともに、さらに土地を広げようと侵略や征服を繰り返すことになる。

つまり、労働はこうした支配関係や隷属関係を生むのであり、すでにある種の社会や場合によっては国家を前提としている。つまり、「社会や国家以前」としての自然状態では全然ないのだ。

それだけではない。ルソーにすれば、ホッブス的な闘争状態の原因を作っているのは、上記のようにむしろ労働なのである。

自然状態は、労働より根本的な次元にある。では、それをルソーはどう考えるのか。

■ルソーの「自然状態」、自己愛と哀れみ、その解体

ルソーは「社会や国会以前」、つまり人間が集団化する以前という状態を厳格に考えたと言える。集団化する前なのだから、人間と人間は互いに何の関係も持っていなかったはずだ。持つとしても、たまたま出くわしたとき、といった場面に限られるが、それも恒常的な関係にはならない。そんな状態だったはずである。

何の社会的習慣も持たないとするなら、それは現在わたしたちが考える人間というより、野生人というべきである。野生人は基本的に動物であるが、違うところは自然の中で自由に振舞い、工夫し、能力を向上させていけるところである。

この動物としての野生人は2つの本性を持っている。ひとつは「自己愛」である。ひたすら自己保存を求める自然な情であり、言うまでもなく動物も持っている。いまひとつは「哀れみ」である。これは同じ種に属する同胞が苦しんでいるのに接したとき、同情し助けたいという衝動を覚える感情である。ルソーは、これも動物にも兆候のある生得的感情だと考えている。つまり、自己愛も哀れみも社会性に属するのではなく、動物的本性に属するのである。

自己愛と哀れみは絶妙のバランスをとる。確かに自己愛は自己保存のためにエゴイスティックな欲求を追求する。が、他方で苦しんでいる同胞に出会ったなら、何とか助けたいと思う。この2つのベクトルのバランスのゆえに、社会が存在しないにもかかわらず、人間は自由に振舞いながら問題なく生きていけるわけである。

しかし、この自己保存が労働となり、土地の占有となるに及んで、哀れみが機能しなくなる。自己愛は「自惚れ」となり、バランスは崩れ、奪い合いと騙し合いが蔓延する。すなわち、ロック的な労働およびホッブス的な闘争の次元である。ここでロックは自然権(生命と所有)を守るために社会契約の必要を説き、ホッブスは社会契約とともにリヴァイアサンによる強権支配の必要を説くのである。

かくして、近代は人間の集団化を自然状態から説き起こそうとする。では、それはどのような帰結を生むのか? さらに見ていこう。

2012年1月26日 (木)

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13世紀におけるアリストテレスの国家観のヨーロッパへの再移入以降、国家観は自然本性的なものから人為的に形成されるものへと変化していく。ここに社会契約論への流れがあるのであり、古代から近代へのひとつの分水嶺がある。(「アリストテレスの国家観の再移入から社会契約論へ」)。が、そこに至るには、中世から近代にかけての経済構造の変化が重要な役割を果たしている。それについては、すでに見てきたが、いま一度振り返っておく必要がある。

■商工業者の出現と貨幣経済の発達

そもそも、中世から近代へかけての経済構造の変化は十字軍に始まるということを以前に書いた。(「貨幣経済発達と商業資本主義の勃興」)。1096年に始まる十字軍によって、ヨーロッパの人々ははじめてイスラムの文物に触れることとなる。彼らにとってはそれはどれも贅沢品であって、それを持ち帰ることを通して交易を知るようになる。

そもそも中世ヨーロッパでは世界は神の創造の秩序に基づくものと考えられていた。それゆえ、過去から受け継がれてきたものがすべての基準であった。法にしても慣習法が中心で、過去に行われてきたことが絶対であった。

社会秩序も同様であった。王族は生まれて死ぬまで王族で、貴族も同様、農奴もいったん農奴と生まれたからには一生農奴であった。要するにあらゆる変化が悪なのであって、神が定めた秩序は原則として寸分も変えてはならなかったのである。(「過去志向に支配されたヨーロッパ中世」)。

それが変わり始めたひとつのきっかけが、交易であったと考えられる。商工業者の出現である。それまで、王、貴族、農奴という固定的な身分しかなかったところに、新たに商工業者と呼ばれる人々が現れたのである。農奴の中で都市に出て商工業者になる人々もいたわけで、まさに不変なる中世が動き出した。農奴に生まれたら一生農奴という秩序が崩れ始めたのである。

その背景には貨幣経済の発達があった。中世の経済は基本的には自給自足と物々交換で成り立っていた。そこに全く新たな動きをもたらしたのが交易なのである。交易は近隣共同体での物々交換とはわけが違う。互いに生活圏を異にする者どうしが、見慣れない文物の交換をしなければならないのである。そもそもモノの価値を決めること自体、容易ではない。

そこで、モノとモノとの等価交換の媒介をするものとして貨幣が現れる。貨幣を媒介することによってこのモノとあのモノが同じ価値であると決定できるのである。貨幣自体はどのモノとも交換可能な特権的なモノであって、それ自体絶大な力をもつようになる。

実際、次第に中世世界に浸透していった貨幣は農奴の生活領域にも入り込んでくる。貨幣を必要とする領主は地代を貨幣で要求するようになる。農奴も収穫物を貨幣に変えるようになる。とすれば、才覚次第では収穫物を高く売り、より多くの貨幣を手にする農奴も現れるであろう。地代を払っても多くの貨幣が手元に残るといったことも可能になるであろう。こうして農奴は商工業者へと生まれ変わっていくのである。

■貨幣の自己増殖運動と近代の本質としての変化

貨幣による商品の媒介。商品→貨幣→商品。これに対してマルクスは、この媒介関係が、貨幣→商品→貨幣へと変化するところに資本主義の誕生を見た。

手持ちの商品を売り、そのお金で別の商品を買う。このお金は単に交換の道具にすぎず、資本ということとは何のかかわりもない。しかし、手持ちのお金で商品を買い、それをより高く売ってお金を増やすとき、そのお金は資本となる。

貨幣はただ貨幣であるというだけで資本なのではない。資本の本質は、簡単に言うと、元手という点にある。その貨幣が新たな貨幣を生むとき、その貨幣は資本なのである。単に商品の交換手段としての貨幣から、自己増殖する貨幣へと変貌するとき、資本主義が勃興するのである。

貨幣経済とは、このように貨幣が自己増殖の運動を始めることによって確立されていく。貨幣が中心的な自己運動をするとき、貨幣経済が生まれる。モノ中心の経済から、貨幣中心の経済へ。それは、単なるモノを交換する経済から、貨幣が自己増殖する経済への転換なのである。

これは何を意味するのか? 中世の解体を意味するのである。中世とはいかなる時代であったか? 過去志向の時代であり、神の定めた秩序を寸分も変えてはいけない時代であった。それがいまや貨幣の自己増殖、つまり富の増大という形で変化が持ち込まれる。中世は掘り崩されていくのである。

変化。これこそが中世と近代を分かつ決定的なポイントである。変化することが当然の前提となったからこそ、近代は生まれ得たのである。それも、特に富の増大とい変化。これは今日、経済成長と呼ばれているのであり、現代に至るまで近代の土台を成しているのである。

そして、変化を生むためには、過去の伝統や慣習にとらわれず、自らの欲望に忠実なタイプの人間の出現が重要になる。つまり、自由なる人間である。変化は不可避的に自由と結びつく。自由なきところに変化はなく、変化なきところに自由の意味もない。

変化と自由こそが近代を生んだのである。

■近代の未来志向を生み出した宗教改革

このような近代への変貌において、もうひとつ重要な役割を果たしたのが、宗教改革である。

そもそもキリスト教には2つの源流があった。ひとつは創造、いまひとつは堕罪であった。(「過去志向に支配されたヨーロッパ中世」)

もともと人は神の似姿に造られた。しかし、アダムとエバの堕罪によってその似姿としての本質は台無しになった。創造と堕罪。このいずれに軸足を置くかで、キリスト教の捉え方が大きく変わってくる。

ヨーロッパ中世はおおむね創造に軸足を置いていた。確かに堕罪はあっただろうが、そもそもこの世界は神の創造されたものなのだから、それ自体で神の秩序を保持している。それゆえ、上に見たように中世世界は過去志向が基本となる。神が創造された世界なのだから、人が勝手に変えてはいけない。いまあるもの、つまり過去から受け継いできたものは寸分も手を加えてはならない、というわけである。

これを正面から打ち破ったのが宗教改革であった。それは全く逆に堕罪に軸足を置いた。確かにこの世界は神が創造されたに違いないが、それが堕罪で台無しになってしまったのだ。神の似姿であった人間はいまや全くの役立たずになった。世界の秩序も全く無価値になった。それら過去から受け継いできたものはむしろ裁かれるべきもので、何らよるべとなるようなものではない。かくて過去志向は打ち砕かれる。

では、何を志向するのか? 未来である。宗教改革は過去を裁かれるべきものとして否定し、代わりに未来における終末論的な救いへとすべての運動を振り向けた。神は過去にはいない。むしろ、未来にいたもう。だから未来を目指せ、と。

詳しくは再説しないが、ここにカルヴァンの予定説が生まれ、マックス・ウェーバーの言うプロテスタンティズムの倫理が生まれる。(「カルヴァン主義と近代の幕開け」)。

未来へ向けて人々は努力し始める。過去からの定めなどもはや問題ではない。農奴だから、一生農奴などと思い込む必要はない。農奴でも勤勉に務めれば、新たな未来へむけて歩んでいける。貴族や王族だって、受け継いできた資産(土地)だけがすべてではない。やりようによってはいくらでも新たな富を生み出せる。

やはり、キーとなるのは、変化なのである。宗教改革は、人々の志向を過去から未来へ変え、不変から変化へ変え、束縛から自由へ変えたのだ。

かくして宗教改革は、貨幣経済の勃興を強力に後押しすることとなったのである。

さて、ここまでおさらいをしてきた形になったが、いよいよ近代における自明性の変遷をたどっていこう。

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